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「5分」×「早起き出社」× #74325C

 年中無休で嫌いだけど、冬の目覚ましは特に嫌い。ぬくぬくと自分の体温であったまった布団って気持ちいいし、頭のなかがとろけそう。意識をしっかりさせようと、少し冷えた指先で目元をこするとちくちくと悔しさが胸をかすめる。学生みたいに、自堕落に、とめどなく、自分だけの時間を過ごすことって少しずつ難しくなってるんだって分かるから。

 眠たいままに身体を起こして、ひんやりとした部屋の空気で頭を働かせる。もそもそと昨日寝る前に置いておいたブラウスに手を通すと、眠気がくすぶっている体温を微かに冷やす。ペタペタと足を鳴らしながらフローリングを歩いて、お湯を沸かす。スイッチ一つでなんでもできるってすごく便利。その間に、歯を磨いて顔を洗って、右の眉尻にニキビがぽつんとできていたのを見つけた。

 お湯が沸いたタイミングでドリンクホルダーにティーパックと共に流し込む。後輩におすそ分けとしてもらったマスカットのフレーバーティーは瑞々しい甘みのある香りで私の肺を満たしてくれる。3回鼻を鳴らして、財布の中身を確認する。

 バッグにドリンクホルダーを放り込んで、家を出た。

 この時期の満員電車は地獄である。ムッとそこらへんで乗り込んだ人たちの臭いが充満していて、頭がクラクラしてくる。今日は早めの出社だから、それほどたくさんの人はいなかったけれど。いつもは出勤時間が満員電車のピーク。電車から吐き出されるように降りると、ようやく息をつける。そわそわとした居心地の悪さとか、窮屈さから解放される。

「……おはよーございまーす」

 まだ薄暗いオフィスに足を踏み入れると案の定誰もいない。少し温もりが残っているような、そんな気配のするオフィスをのんびり歩いて自分のデスクについた。

 たくさんの人が何時間もいる場所って、誰かの気配が混じっているような気がする。学校しかり、会社しかり。駅は流動的だから、誰の気配も感じないのかな、なんて考えたけれど、よく考えれば私は無人の駅を知らない。

 パソコンを立ち上げて、コンビニで買ってきたフルーツスムージーを開けて画面に向かい合った。

 昨日までしていた作業は山積みすぎて、今日だけで企画書3本上げるなんて考えられる?と逆切れしながら指だけを動かす。完全に、八つ当たり。誰にって言われたら、昨日の自分に。やっておけば困らないことが分かっていながら、たまに睡眠欲やら食欲に負けて家に帰ってしまう。

 早朝出勤をするときのお供は、フルーツスムージーに決めている。最近のコンビニは大変優秀で、300円くらいで飲みごたえのあるスムージーが普通に売っている。

 朝から仕事をしていると、じわじわと人がオフィスに姿を現す。

 先に来ている私に軽く声をかける人もいれば、適当に挨拶をして自分のデスクに着く人もいる。端っこの席で、こうして全体を見渡していると結構面白い。それぞれのクセなんか、そんなものもある程度見えてくる。

 たとえば、向かいの席の橋本さんはイヤホンを右から外すんだ、とか、橋本さんの左隣のデスクの宮田さんは朝一でコンビニのコーヒーなのね、とか。本当にどうでもいいことだけど、たぶん私しか知らないことが、少しずつ増えていく。

 ざわざわとそれぞれのクセを出しながら、デスクについてパソコンを立ち上げる姿に、今日が始まってしまったことを感じる。朝日なんかよりもずっと、それは色の濃いものだ。

 座ったまま背伸びを一回。肩をぐるぐると回して、固まった筋肉をほぐす。

 昨日、途中だった企画書は一本仕上げた。あと、二本。今日も早く帰れるように、頑張らなくちゃ。3分の2くらい残った、濃い紫色のスムージーをグッと胃の中に流し込んで、3回深呼吸をした。

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随時作品更新中「花筐

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