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「サポートは大切」×「くぎづけ」× #D2B48C

「みゆきはかわいいからなぁ」

 そう言って、私の頬を撫でる指が嫌いだった。愛おしそうに目を細めて、子ども扱い。やることはやっているくせに、一人の女としては見てくれなかった元カレたちには、なんとなく冷めていって私から別れを切り出した。といっても、元カレはせいぜい3人。彼らの名前は憶えているけれど、顔はすでにあやふやだ。

「顔色、よくなったね」

 日曜日、ぼさぼさの頭で起きてきたさとみちゃんに朝食を整えながら声をかける。

「おかげさまで。」

 目をシパシパさせながら、湯気が立ち上る小さめのどんぶりに向き直る。小さく、いただきますとつぶやくと、二人で吟味して買った木でできた小さめのスプーンを握る。

「……みゆきは食べないの?」

 さとみちゃんが食べる姿を眺めていた私に不思議そうに目をやって、質問をしてくる。

「私はもう食べちゃったから。」

「うそ!……私、寝すぎた?」

「病人は寝るのが仕事!」

「……まあね、明日も仕事あるしね」

 せっかくの休みだったのに~と唇を尖らせながら、さとみちゃんがスープを食べる。大根やニンジン、ジャガイモやネギを煮込んで作った豆乳スープはさとみちゃんのお気に入りの料理だ。たっぷりのショウガを入れると、ちょっとピリッとして美味しい。味付けは味噌とダシで、優しい味がすると褒めてくれる。

「……おいしい?」

「ん。鼻つまって、あんまりわかんないけど。でも、ほっとする。」

 そういって、柔らかい笑顔をうかべるさとみちゃんを見ると、なんとなく安心する。彼女と、この部屋で過ごすことにして随分経つ。

 女友達とルームシェアなんて、不毛。恋人も連れ込めないじゃない。と、私が家を出ると話した友人たちは口々に言っていた。

『私たち、なんだかんだいってアラサーだよ?』

 そういった友人のまつ毛は、こすれるたびに音がなりそうなほどにゴテゴテにマスカラがつけられていて重そうだった。

『そうだねー』

『みゆきはふわふわしてて、かわいいんだから!いきおくれないようにしないと!』

 否定もせず、肯定もしないように。不本意なことは、笑って聞き流せばいい。それがいつもの私。そんな私を見て、彼女たちはきっと優越感に浸っている。まったく仕方ないんだからーと、口紅がピシッと塗られた唇で笑いを含んだ声で発する。

 オープンテラスが自慢のカフェで、フルーツの香りがするアイスティーでのどの渇きを潤しながらそんな話をする。これは、不毛じゃないのかな。

 一人暮らしをしたい、といった私を、さとみちゃんが心配するのは想定内だったし、むしろ計算内といってもいい。大学を卒業して早々に家を出たさとみちゃんは、面倒見がよくて頼られるのが結構好きだから。小さいころから家も出ずに、職場と家の往復で過ごしていた私を心配するのは当然だといえる。だから、言ってみた。

「一緒に住まない?」

 彼女は、いつも私が欲しい言葉をくれる。欲しいものを手に入れたら、あとは外堀を埋めればいい。次の日に、たくさんの資料を抱えて彼女の部屋に訪れた私を、ぽかんとした顔をしながらも快く受けれいてくれた。

「……竹中のこと、ごめんね?」

「気にしないで。お詫びもしたし。」

 少し気まずそうに、どんぶりの中でスプーンをぐるぐると泳がせる彼女の指を眺める。細くて、少し骨ばっていて、いつもいい匂いがする。男みたいでコンプレックスらしいけれど、艶々と輝く彼女のそれは女らしいと思う。ネイルは苦手だからと磨くだけにして、ぴかぴかに磨く彼女の動作も素敵だ。

「お詫び?」

「どら焼きとパイ」

 二人で目を合わせて笑う。竹中くんには悪いけれど、昨日の予定はあまり乗り気じゃなかった。私が竹中くんと出かけるといったときの、さとみちゃんの顔を思い浮かべる。デートか、と小さくつぶやいて、一拍何かを飲み込むと「楽しんできなよ!」と作った笑顔で言った。

 竹中くんと出かけると告げた日の夜、私はぐるぐるしていた。罪悪感と、満足感。二つの気持ちは混ざり合うことなく、折り合いをつけることなく、私を追い回して、追い詰めてくる。

 数年ぶりに会った竹中くんは、“男の人”になっていた。そもそも彼のことを覚えていなかった私は、家に帰ってすぐに卒業アルバムを見返して思っただけだけど。

「ふうん」

 竹中くんの名前を出すと、さとみちゃんは興味がないようにそれだけを言う。私が映画に誘われたことをいうと、不本意をにじませたあとに賛成する。

 彼女も、私もただ素直じゃないんだと思う。でも、年を重ねていくにつれて痛感する。素直になるのって、難しい。周りが見えるようになった今なら、なおさら。

「竹中ってどら焼きすきなの?」

「しらなーい」

 私のどうでも良さそうな返事に、クスクスと笑うさとみちゃんの声が気持ちいい。食器を洗いながら思わず鼻歌が漏れてしまうくらいに。

「ね、今度大きいクッション、買わない?」

「クッション?」

「ほら、そのへんにごろーってするじゃん。そのとき、絶対気持ちいいと思うの。」

 濡れた手をさっとエプロンでふいて、ケータイで昨日の夜中に見ていたページをさとみちゃんに見せる。落ち着いたキャメルのふかふかのクッションは、ナチュラル系が好きなさとみちゃんのツボを押さえているはずだ。

「……いいかも」

「ね!ね!買おうよ。」

「待って、これいくらするの?」

 真剣な顔で画面を食い入るように見つめるさとみちゃんの横顔を見る。姿を現しそうな吹き出物のある肌に、とかされていない髪。去年おそろいで買ったスウェットと、高校のときに着ていたトレーナー。こんな気の抜けた姿は、私しか見ることができない。

「みゆき、こっちも良さげじゃない?」

 パッと顔を上げた彼女が、嬉しそうに私の名前を呼ぶ。私はそれが嬉しくて、また笑ってしまうのだ。

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