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2023年ブラジル・ディスク大賞関係者投票

2023年のe-magazine Latinaで関係者投票として選んだ10枚について、今年も各ディスクの詳細として、昨年noteにアップした記事と、音源を付しました。今年も実に多様な方向性の音源がありました。その中から僕に響いたものを選んだつもりです。個人的には順位はあまり意味がありません。どのアルバムもそれぞれ最高でした。だからあまり順位に拘泥しないで聴いていただきたいです。

 慣例に従い日本盤のリリースされているものはアーティスト名/タイトルをカタカナ表記にしています。


1) アナ・フランゴ・エレトリコ / Me Chama de Gato que Eu Sou Sua

ここに来て間に合っちゃいましたねブラジルディスク大賞に。これは本命ですね。今やブラジルの音楽界をリードする存在となったシンガー・ソングライター、Ana Frango Elétrico(アナ・フランゴ・エレトリコ)のサード・アルバムです。
Bala Desejoのアルバム「Sim Sim Sim」では共同プロデューサーとしてラテングラミーを受賞。なんとプロデュース業でも頭角を表し、その他にも美術や詩作でも才能を発揮しているという、まあ現在のブラジルでも最も才能に恵まれた25歳のお嬢ちゃんです。
舌ったらずコケティッシュな歌声ももちろん良いのだけれど、やっぱり音のセンスが抜群です。ストリングスやホーンも交えて、ポップで軽やかでダンサブルでファンキーで心地よく体が揺れる、現行のブラジル音楽の中でも洗練の極みにある、なんて言ったら褒めすぎでしょうか。問答無用にカッコいいブラジリアン・グルーヴです。これ、一等賞かもなぁ〜。
可愛いジャケットのイラストも彼女の手によるものなんですって。ほんと凄い多彩な人ですね。


2) Pedro Pajé, Nando Braga & Luiz Paulo Goulart / Ponto de Partida

情報が全くといって良いほどないんです。このアルバム、このアーティストたちについて。調べた限りでは、ますPedro Pajéはミナスの作曲家で多楽器奏者。Nando Bragaもミナス出身の音楽家。詳細は不明ですがインスタでギターを弾いている画像があります。現在(?)サンパウロ大学で音楽を学んでいるそうです。Luiz Paulo Goulartは、彼のインスタで撮影場所がミナスになっていて、なんとToninhoのステージでギターを弾いていますね。
ということはですね、3人ともミナスのアーティストらしいです。おそらく本作が彼らのデビュー・アルバムだと思われます。で、なんか3人とも雰囲気も似てるんですよね。
結論からいえば、これ最高じゃないですか。勿論ブラジル的リズムの曲もありますが、ミナス的ユニバーサルな旋律やスペーシーでプログレッシブなロックを感じさせます。ミナスと言っても新世代ミナス音楽よりはもうひと世代前のクールビ・ダ・エスキーナの香りがして、その方向性に同時代性を持たせたのが彼らの音楽のように思います。
ブラジル音楽を聴いていて時々雄大な密林的熱気、あるいは原初的パワーを感じることがありますが、本作はその一つといって良いでしょう。クレジットなど情報があればいいのですが、発見できていません。2022年のアルバムですが、今のところ今年聴いたブラジル音楽では一等賞。


3) VANESSA MORENO / Solar

Vanessa Moreno(ヴァネッサ・モレーノ)のニュー・アルバム。今回はかなり方向性を変えてきましたね。それがもうすごくかっこいい。
本作はキーボードにFelipe Viegas、ドラムにRenato Galv Santos、そしてベースに注目のMichael Pipoquinhaという潔いトリオ編成。Michael Pipoquinhaのベースがこのアルバムの強烈なアクセントになっています。
Dani Gurgel、Guilherme Arantes、Chico Cesar、Lenine、そしてベースのMichael Pipoquinhaなどとの共作を含む楽曲は、メランコリックでブラジル的哀愁もありますが、サウンドとしてはこのメンバーの特徴にフィットしたかなりジャズ的アプローチによるものです。
とにかく1曲目「Solar」から猛烈にかっこいいのです。彼らの演奏と、Vanessaの高い歌唱技術、抑揚があって的確な表現力とで、疾走感のある素晴らしいアルバムに。Vanessaはほんと歌が上手いですね。最後は娘Alice Moreno Marosticaとの愛らしいデュエットで締めくくり。これ今年のベスト、決定。
ジャケ写もアフロヘアーにスーツ、そしてう○こ座りがいけてます。


4) NARA PINHEIRO / Tempo de Vendaval

このNara Pinheiroというフルート奏者/シンガー・ソングライターの名前を、僕はこのアルバムで初めて認知しました。ミナス・ジェライス州で活動する彼女の、本作はデビュー・アルバムとのことです。
彼女の少しベールを纏ったような飾り気のない素直な歌声に(率直なところ上手い歌い手ではないけれど)、彼女自身を中心に書かれたドラマチックな曲。そして淡い色彩の波動を感じるようなサウンドは、時に複雑で躍動するリズムをアクセントに、ミナス的洗練に溢れています。
ミナス新世代のもはや中心的アーティストとして大活躍中のAntonio Loureiroがプロデュース、編曲、ドラム、パーカッション、ピアノ、シンセサイザー、ギター、ベースなどで全面的に本作をバックアップ。またMarcio Guelberのseteも彼女に寄り添うような素晴らしいサポートを見せています。
ミナス新世代にまた新しい才能が登場しました。要注目です。


5) キニョーネス / センテーリャ

Qinhones(キニョーネスってだれ?って思っていたのですが、そうかQinhoが改名したのですか。知らなかったです。で、これは来たんじゃないですかね。何が来たってベスト候補の1枚ですよ。
ポルトガル語を解しない僕にはもちろん分からないのですが、本作はかなり社会的なメッセージが強いのだそうです。まあしかしメッセージはわからなくともこの音楽の素晴らしさはわかるので、それはそれで良いのだと思います。もちろんメッセージが理解できればもっと良いのですけれど。
プロデューサーにAlberto Cntinentino(アルベルト・コンチネンチーノ)を迎えた本作、クラビネット、ウーリッツアー、そしてシンセやホーンセクションを絡めて、ダンサブルなディスコナンバーもあり、時にファンキーにソウルフルに、時にジャジーに洗練を極めたメロウなサウンドが超弩級の格好良さ。そして甘くジェントルで端正なQinhonesの歌声に、スイートなコーラスが絡んで極上の気持ち良さに。ヘビロテ確実の素晴らしいアルバムです!
日本盤には先行配信されたEP - Gotaの4曲も収録されているそうです("
Parafuso”が絶品です)。


6) RUBEL / As Palavras, Vol.1 & 2

弦のアンサンブルから甘いコーラスへと繋がる1曲目から、ゆったりとした2曲目のサンバへ、ここまでの流れでですでに完全に魅入られてしまいました。なんて泣かせる音楽なのだろうかと、久々に胸を鷲掴みにされるようなブラジル音楽です。
Rubel(フーベル)はリオで活動するシンガー・ソングライター。残念ながら僕は1stは聴いていないのですが、2作目は素晴らしい作品でした。本作は3rdアルバムですね。
語るようなRubelの朴訥な歌声、それに寄り添うコーラス、ブラジルらしいタイトに躍動するリズム、弦や管のダイナミックなアンサンブル、そしてスウィートなメロディー。Luiz Gonzagaの2曲カバー以外は全曲自作(共作もあります)。さまざまな伝統的なブラジル音楽を幅広く取り上げつつ、さらにソウル、ヒップホップ、ファンキ、ジャズ、あるいはフォークなど多様な音楽とのミクスチャーを実に自然に彼の音楽として醸成したアルバムです。
ゲストにMilton Nascimento、Tim Bernardes、Luedji Luna、Linikerなどが参加。ますますそのごった煮的音楽の洗練度を深化させた、これはひょっとして大傑作ではないかぁ?


7) IAN LASSERRE / Meu Unico Medo é Primavera

これは傑作だなぁ。Salvadorを拠点とするシンガー・ソングライター、Ian Lasserre(イアン・ラセール)の三作目。デビュー・アルバムが素晴らしかったのですが、失礼ながらその後存在忘れていました。だから2ndは聴いてません。ごめんなさい。
正直に言って1曲目のタイトル曲”Meu Unico Medo e Primavera (私の唯一の恐れは春)”がちょっと暗くて取っ付きにくいのですが、どうかそこで聴くのやめないでください。その後からが素晴らしいので。
2曲で共作者がいますが、それを含めて全曲オリジナル。輝くよう、というべきか全曲素晴らしいですね。残念ながらクレジットは見つけることができなかったのですが、柔らかなギターのサウンドと、キレのあるリズム、美しいコーラス、暖かいホーンのアレンジメントなど、サウンドも極上です。
そしてやはり歌声が魅力的です。少し翳りを感じさせる、しかし爽やかなハイトーンが端正で繊細です。Caetano Velosoに準える方もおられますが。ちょっと僕は違うと思いますけどね。良質なMPBの伝統の延長線上にある本作、これは間違いなく今年のブラジルディスク大賞入りです。


8) DOMENICO LANCELLOTTI / sramba.

このアルバム、今年の結構早い時期にリリースされてますよね。僕も実はその当時すぐに聴いたのですが、なんかピンとこなくて、その後も何回か聴いてはみたのですが。それでもピンとこなかったのです。しかし数日前に改めて聴いてみたら、なんだこれとてもいいじゃないですか。
今更ですが、Domenico(ドメニコ・ランセロッチ:プロデューサー/パーカッション奏者)の父はIvor Lancellotti。Kassin、Morenoとともに"Maquina De Escrever Música"で、新世代ブラジル音楽の騎手として注目されたのはもう20年以上前。しかしそれ以降もコンスタントに活躍しています。
さて本作はRicardo Dias Gomes(ヒカルド・ヂアス・ゴメス)をプロデュースに迎えてのコラボ。全編を通じて一種の「迫力」ともいうべき空気が貫いています。実は本作、DomenicoのスタジオでRicardoが手配したロシア製モジュラーシンセを用いて伝統的なサンバを演奏するという実験からスタートしたのだそうです。それ故かブラジル的伝統を維持しながら、実験性を孕みつつ極めて独創性の高い、しかし決して難解ではないサウンドを創造しています。これは最高に面白いです!


9) ゼー・イバーハ / Marques, 256

昨年から今年にかけてブラジル音楽界をまさに席巻していると言って良いBALA DESEJO(バーラ・デゼージョ)のメンバーでもある、Ze Ibarra(ゼー・イバーハ)のソロ・アルバムです。アルバムのタイトルは彼の自宅の住所で、このアルバムの録音はそこで行なわれたとのことです。
BALA DESEJOの音楽性を考えると、正直もっと違った音を想像していたので、このフォーキーなほぼ弾き語りの音楽が流れてきたのにはちょっと驚きを禁じえませんでした。1曲目なんかセルタンの香りまでしてますよね。
派手さはありません。しかし明瞭なギターの音色と、少し鼻にかかった柔らかなハイトーンで歌われる彼の歌による、シンプルで静謐な作品であり、かなりシブ目の選曲でもありますが、聴くほどに彼の魅力が滲み出てくるようなスルメ的アルバムです。敢えてこういう形態を選んだ結果、彼の音楽家としての核となる部分が表現されていて、実に魅力的な「歌」のアルバムです。


10) IVAN LINS / My Heart Speaks

美しいメロディーを作り出す才能はブラジルには数多くいるけれど、MPBを代表するメロディー・メーカーといえば、なんといってもIvan Lins(イヴァン・リンス)といって良いのではないでしょうか。泣きそうになるぐらい、ロマンチックな曲を産み出す稀代のメロディー・メーカーです。実現する前に亡くなってしまったけれど、かのMiles DavisがIvanに捧げるアルバムを作ろうとしていたといわれているし、その意思を継いでSting、Vanessa Williams、Grober Washington、Dianne Reevesなどがトリビュート・アルバムをリリースしたこともありました。
さて9年ぶりという本作は、彼の美しい楽曲に加えてジョージアのトビリシ交響楽団が参加し、Kuno Schmidによる編曲のオーケストレーションの元に、豊かで鮮やかな色彩が溢れ出す美しいアルバムです。
またゲストにRandy Brecker、Dianne Reeves、Jane Monheit、Tawandaなどが参加しIvanの曲に各々の個性を添えています。変わらぬ彼らしい歌声と音楽が聴けるアルバムであり、さらに美しいオーケストレーションが加えられたまさに「珠玉」というべきアルバムです。


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