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僕の好きなアジア映画62: 別れる決心

『別れる決心』
2022年/韓国/原題:헤어질 결심(英:Decision to Leave)/138分
監督:パク・チャヌク(박찬욱)
脚本:パク・チャヌク(박찬욱)、チョン・ソギョン(정서경)
出演:パク・ヘイル(박해일)、タン・ウェイ(湯唯、イ・ジョンヒョン(이정현)、コ・ギョンピョ(고경표)、パク・ヨンウ(박용우)



やや長尺の映画ではあったが、冒頭からその世界に引き込まれて目が離せず、完全に没入しあっという間に終わってしまった。

名匠パク・チャヌクの映画は、凄まじいヴィオレンスや、エロティック(時には変態的とも言える)な場面が多く登場する。少なくとも復讐三部作(『復讐者に憐みを』、『オールド・ボーイ』、『親切なクムジャさん』)や『渇き』、そして『お嬢さん』などではそれらが映画のイメージを決定する要素の一つだった。しかし本作ではそれらを最小限に抑えて、それでもなお彼らしいただならぬ変態的感覚が横溢している。

ストーリーは現在上映中につき最小限触れるのみとするが、運命的な出会いによって崩壊していく男と女を、サスペンスと絡ませて描いた、極めてプラトニックな愛の物語であり、そこに疑惑というスパイスが満遍なく振り掛けられて、戻ることのできない愛に破滅していく男女が描かれている。しかしそれをありきたりではなく、どう伝えるかがパク・チャヌクたる所以だ。

全編を通して迷宮の中にあるような、あるいは霧の中のように朦朧とした意識下にあるような、怪しく不穏な感覚に囚われる。それはテンポの速い編集による展開や、空間や距離を曖昧にした演出、眼が眩むような角度から俯瞰する大胆な構図、あるいはコンピュターのモニターや鏡など、登場人物を直接映さない映像表現など、

敢えてP Cのモニターに表情を映し出す
眼が眩む崖の上からの俯瞰

あるいは女性主人公の部屋の印象的な壁紙など(彼女の最後を象徴している?)、『お嬢さん』のように大掛かりではないが、統一された世界観を構築する美術、

グロテスクとも言える壁紙とクラシックなインテリア

そして最初の犯罪の舞台となった孤島のような断崖絶壁や、干潮時には穏やかなのに満潮では荒れ狂ったようになる最後のシーンの海岸など、驚くべきロケーションなどによるものだ。

こんなとこ登れるかっ、ていう断崖絶壁
ラストの舞台、海岸を上空から俯瞰する映像

さらに計算された音楽の妙。敢えてミスマッチと思わせるOST。特にムード歌謡のような「霧」と、『ベニスに死す』でも使われた「マーラー 交響曲第5番 アダージェット」のコントラストはまさに変態的に優れたセンスと言わざるを得ない。

意味深長な台詞の数々と配役の妙。刑事役に『殺人の追憶』や『慶州』などの韓国人男優としては稀な、知的でナイーブな印象を与えるパク・ヘイルを、本作では見事に崩壊に追い込み、

パク・ヘイルは今回も素晴らしい!

疑惑の中国人女性には『ラスト・コーション』や『ロングデイズジャーニー』のタン・ウェイ。流暢ではない片言の韓国語を話し、ヴォイスレコーダーに中国語でモノローグを録音する。それは彼女の本心がどこにあるのか、より疑惑を補強する装置として機能する。疑惑の中でも愛に耽溺していくタン・ウェイが実に魅力的だ。

タン・ウェイ

この映画が熱烈な純愛映画であるとともに、極めてユニークな映画として成立しているのはパク・チャヌクが周到に準備した数々の仕掛けによるものだ。さすがパク・チャヌクというべき、彼ならではの真に見事な映画だと僕は思う。プロットのディテイルに拘泥するのではなく、感覚的にこの映画の世界観に陶酔してほしい。

久々にすごい映画を観たと思ったよ。

カンヌ国際映画祭監督賞、Blue Dragon Film Award for Best Directorなど多数受賞。


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