喉の奥で泣くのを堪えながら「ただいま」なんて言いたくなかった。日本で生まれた自分
「Take off」機械を通したその声を合図に、途端カチリとスイッチを入れたような容赦ないエンジン音に身体は運ばれ、瞬く間に何の迷いもなくそらの世界へとふわり入っていった、わたしを運ぶ飛行機。
つい先程までぐずぐずといつまでもこの街に溶け込んでいたいと重い腰をあげなかった姿も、どんどんと小さくなる。
吹く風のようにバンコクそれからチェンマイでの一週間は過ぎ去った。飛行機は、わたしを、わたしが生まれた国へと嫌になる程ていねいに運んでくれるらしい。
まるで冷蔵庫の中なのではないかと思うくらい冷え切った機内で巡る頭の中は、着陸した後、踏み出すじぶんの足、その一歩。
捨てる覚悟を持つこと。
何度も何度も胸で唱え、何度も何度も涙腺ぎりぎりまで込み上げてくる気持ちを、手のひらでなんとか収める。そして少しずつ、俗にいう「覚悟」というものが輪郭を帯び形がじわりじわりと浮かび上がる。
そうしているうちに車輪はいよいよ地面へ。それはそれは呆気なく、「はい、ここがあなたの場所でしょ?」そう言われんばかりに何の迷いもない飛行機によってわたしは生まれたこの国に連れ戻された。
帰ってきちゃった。そうこころに浮かんだあとには、もう踏ん張らないとわっと泣き出してしまいそうなほどに嫌だ嫌だと暴れる感情。
ひとつひとつ、集めていた宝物を取り上げられた小さな子どものようにこれ以上ないくらいに表情が曇り始める。
好きなことを貫き通すなら、覚悟を持つこと。捨てる、覚悟を。
そうは言ってもきっと不安なのだろう。きっと怖いのだろう。これから来る、まだ起きてもいないことに想いを一気に巡らし足がすくむ。
行きたいし、行きたくない。
やってみたいけど、やりたくない。
どちらも正解でどちらも本当だった。それならば、覚悟を決めてやり抜いてみるしか他に無い。
どちらも抱えて宙ぶらりんのまま生きていることが一番の不幸な気がするから。
わたしが選んだ方、それは、
好きなことをして、生きる
捨てる覚悟を、決めたから。やっと言える。「ただいま、日本。」
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