無知は自分を助け、知識は他人を助ける

偏差値について世間の書き込みを見てると面白いなと思う。中学歴に相当する言葉が見当たらない。賢さについて喋るその口が、動物と同じで上下関係を決めている。

ネットニュースも東大ばかりで、東大を見る目がタレント事務所を見る目と全く一緒になっている。

僕も東大目指そうと考えてた時期があるので、あまり大きなことは言えませんが、無知も同じくらい大事なんじゃないかと思います。

子供に「これはなに?」と無知のふりして聞くと、普段は目を見て話す子供が、一生懸命手のなかで想像を膨らませているのが見れて、思わず楽しくなる。自分にはない純粋さに触れるからだ。タレントもおバカと呼ばれてる人は、純粋に答えるからこそ楽しんで貰える。
そしてどちらも、無知だからこそ誰かと協力して場を盛り上げる。

それとは逆に、どこかのお偉い方と同じで、「自分は知らない」と言うことで自分を守る人もいる。

無知は、上手く使えば誰もが協力するきっかけとなって、なにもないはずのところで喜びが生まれる。

反対に、無知な人を助けるには、知識が必要だ。どれだけの正義があろうと、知識がないなら事態を悪化させて、時間を無駄にする。

ところが、誰かを守るために作られたはずの知識が誰かを傷つけるために使われていることがある。知識に武器の性質があるからだ。

ネットがある現代、無知のふりをすることが難しくなってしまった。その結果、なんでも自分で出来ると思い込む人が増え、押し潰されてしまう姿を毎日のように見る。同時に、知識で人を傷つけるのも毎日見る。人間だから仕方ない。

無知であることを誇れる日がくるといいなあと思う今日この頃です。

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