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精神病院で生きていた話 その2

日曜日は入院の準備に追われた。こんな事になるのは何度目か数えてみた。精神科への入院は7度目。慣れたものだった。紐の無いゴムズボンや紐の無い靴とクロックスを用意した。首を吊る事を危惧して持ち込めない。
コップは割れないプラスチックコップ。ガラス製の物は他の患者が投げたり自分で投げても割れて危ない。いつも入院の時に使っているダイソーの大容量のコップ。入院の友としていつも持っていっている。
下着や靴下に名前を書く。T病院は洗濯を病院でしてくれるので名前を書かないといけない。お気に入りの靴下に名前を書くのは忍びなかった。髪の毛は伸びっぱなしになるので恥ずかしいので帽子も入れた。
歯ブラシやお気に入りのストロベリーの歯磨き粉や電動髭剃りにも名前を書く。名前を書かないと盗難の恐れがある。
暇つぶし用にノートを数冊、ボールペンはノック式ではないものと鉛筆と消しゴムを用意して小説を三冊。
それらをボストンバック1個の荷物をまとめた。
携帯電話は置いて行った。もし入院がストレスケア病棟になったら携帯電話は使えるのだが今の僕は誰とも連絡を取りたくなかった。

月曜日の朝。呼び鈴で起きる。
「みーくん、起きてる?」
「もういい年なんだからくんをつけるのやめなよ」
妹が迎えに来てくれた。一人でも病院にいけるが医療保護入院の場合、家族のサインいるので妹に付き添ってもらう。同時に限界の僕が電車に飛び込まないように見張ってもらうため。
「朝ごはん食べた?」
「まだだよ。」
「おにぎり買ってきたよ。」
「ありがとう、ファミチキも?」
「これは私の」
そんな他愛もない会話をしながら食事をして小雨の中、駅に向かい電車に乗った。最寄りはT駅。とても分かりやすい。タクシーで病院に向かうためスマホアプリでタクシーを呼ぼうと携帯を探すが置いてきたのだった。

ロータリーでタクシーを待っていると妹が聞く。
「なんで傘ささないの?」
「傘嫌いなんだ。今はなんか濡れたいし。」
この一言に今の僕の気持ちが全部表れている気がした。

するとタクシーが来たので乗り込む。すごく不愛想で接客態度の悪いタクシーにあたってしまった。運転手との会話もなく重い空気の中工場地帯を抜け、川沿いの道を走り、病院の前で不機嫌な妹とタクシーを降りる。
「なにあの運転手!返事も『あぁ」だしお釣り投げたよ!!」
妹の言葉をあまり聞いていなくて僕はついた病院を眺めていた。
黄色く塗られた外壁。屋上には時計台があった。精神科病院というよりは小児科医院のようだなと思った。
受付で案内を受け診察を受けるためにロビーで待つ。

「こんにちわ三谷さんですか?病棟看護師の栗原です」
大柄で酷く訛った言葉使いの男性看護師が声をかけてきた。
髪がかつらっぽいなと思っていると矢継ぎ早に説明をされた、
「うちの病院では診察の前に別室でPCR検査をしてます。まぁ元気そうだしかかってはないと思いますが念のためね。」
「元気そう」という単語が鼻についた。口の悪そうな看護師だなと思った。
別室に移動中に看護師と少し話をした。

「可愛い外壁の病院ですね」
「そうですか?僕は見慣れちゃったなぁ。それに病棟の中から壁は見えませんよ、残念ですね」
やはり口を滑らす看護師だなと思った。その後、別室でPCRの検査結果が出るまで30分ほど待ち、最初のロビーに戻り診察を待った。
ロビーは新しく綺麗でクラッシック音楽が流れていて落ち着いて待つのにはもってこいだった。しかし病院は盛況で2時間ほど待った。携帯電話を持ってくれば良かったと少し後悔をしながら持ってきた小説を1冊読み終えてしまった。

「三谷さんどうぞ」
栗原さんの案内で診察室に入る
診察室には少し顔の整った30代半ばの先生が座っていた。

「はじめまして精神保健指定医の川本と申します。少しお話を聞かせていただきます。」
落ち着いた口調で僕もなぜか落ち着いてしまい冷静に河上先生で話したのと同じ経緯を話した。冷静に話すと同じ話でも大分違うのだな、と思った。栗原さんが何かをしきりにメモをしていた。

「そうですか、それは入院が必要ですね。概ね3か月ほどの入院になると思います。目標は2か月にしましょう。担当医は病棟で私以外の先生がつきます。栗原さん、まずは病棟にご案内してください。妹さんはこちらで少しお話を聞かせていただきます。」
冷静に慣れた口調で話してくれた。

「そして今日の処方なんですが…うちの病院にこのラツーダやレキサルティの様な新しい薬がなくてエビリファイで代用して処方を組まさせていただきます、ご了承ください。」
僕は精神科単科病院で無い精神薬があるのはすごいな、と思った。



実話をもとにした創作精神病院入院記です。
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