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三角形の玉子焼き

おいしい記憶。皆をつなぐ、だし巻き玉子。
焼く人によって全く異なる、だし巻き玉子だ。

父方のだし巻き玉子は卸売市場で買ってきたものだった。祖父が魚屋だったため、いつも卸売市場に行き、買っていた。仕事で売れ残った時や、正月などのめでたい席でだけ食卓に並ぶ特別メニューだった。
今となっては魚屋もやめたので、食べられないメニューとなっている。

母方のだし巻き玉子はごくごく普通。けれどつくる人によって微妙に違う。
例えば祖父は葛粉を入れて出汁を少し止める。祖母は水を入れず、粉末出汁だけ。逆に、調理資格を持つ叔父は出汁を多めに入れる。
全員違った味で、でもとても好き。
「今日は誰が作ったの?」なんて聞きながら食べるだし巻き玉子は、格別だった。

そして時が経ち、私も料理を習うようになった。普段は祖母や母から習うけど、時間ある時は叔父からも習っている。
だし巻き玉子もその一つだ。
叔父は丁寧に見せてくれた。そして「やってご覧」と菜箸を渡してきた。
どうせするなら楽しまなきゃ。私は頷いた。

まずは、卵を常温に戻しておく。水と温度差がない方がいいからだって。
常温に戻った卵を割り溶く。そのときにカラザと言われる白い塊をとっておく。その方が口当たりがよくなるらしい。
しっかり溶けたら、水を入れる。最初は、卵2個に対して、水は60ml。それでも難しかったら50mlくらいから始める。最終的には水120mlが理想らしい。凄いよね。
水を入れたらしっかり混ぜる。ここでしっかり混ぜておかないと焼きにくいんだって。
粉末出汁と隠し味の醤油を入れたらもう一度混ぜる。これでようやく卵液が完成。

温まった玉子焼き器に薄く油を塗ったら、少し卵液を入れる。固まったらくるくると巻いていく。私は奥から手前にまいていく派だ。だって叔父から習ったのがそうだったからね。
端まで巻けたら、油を敷いて、少し卵液を入れて巻いての繰り返し。

叔父のようにうまくはないけど、無事何とかなった。
「綺麗にできなかったら、巻きすで形を整えたらいい」
そう言って巻きすでぎゅっと固めてくれた。そしたら叔父のだし巻き玉子のように綺麗になった。味は自画自賛だけどおいしかった。

それからというもの、しばらくの間だし巻き玉子を練習した。


実際のだし巻き玉子

それを父方の祖父母に披露した。もちろんおいしいと言ってくれた。それを聞いてにやけたのを覚えている。
焼いたついでに、祖母の玉子焼きも習ってきた。
母方の家はだし巻き玉子を玉子焼きというが、母方の家は違ったから。
こっちの玉子焼きについて知りたかったのだ。
わかったのは砂糖も醤油もちょっと多いかなくらいに入れること。
巻くのに慣れているかしっかりと楕円形の玉子焼きができた。



そんなある日のこと。普通に焼いたはずの玉子焼きがどう見てもおかしかった。断面が楕円形じゃない。三角形なのだ。


実際の玉子焼き

そこで思い出したのは母方の祖母のこと。祖母が焼くだし巻き玉子は必ずと言っていいほど断面が三角形になる。
本人は恥ずかしがっているし、皆にどうやったらそうなるのかと聞かれている。だから祖母はめったにだし巻き玉子を焼かなかった。私も三角形なんてありえないと思っていた。

けれど、できてしまったのだ。思わず写真を撮って、母方の祖父に送り付けた。
「おばあちゃんと同じ形になりました」って。

数日後、会いに行った。叔父からは「どうやったら三角形になるんだ」と呆れられ、祖父からは「おばあちゃんの血だね」と慰めてもらった。
肝心の祖母からは「似なくていいところを似て」とため息をつかれてしまった。

けれど同時に嬉しそうだった。三角形仲間ができたのももちろんだが、自分と同じ三角形の形ができるなら、同じ血が流れていると、料理の血を継いでいると思ったらしい。
祖母は私からしたら料理上手だからね。その料理の血を継いでいるだろう、きっと上達するだろうって嬉しかったみたい。

その日の空気は穏やかで温かかった。皆して笑った日だった。


私にとっての玉子焼きは二種類ある。
まずは魚屋の祖父が祝いの時、買ってくれるものであり、仕事で忙しい叔父がわざわざ教えてくれたものでもある。
そして祖母との血のつながりを強く感じた三角形の玉子焼き。

狙って作れるわけじゃない。けれど最近、回数が増えてきた。だし巻き玉子こそ水分多めでなりにくいが、玉子焼きなら結構の頻度で作ってしまう。
三角形になった時は、つい、祖母の声と祖父の反応が見たくて、写真を撮ってはメールする。

「二人とも元気ですか。また玉子焼きが三角形です」


最近では、三角形になるもんねと祖母は堂々としだすし、叔父は「自分から習ったことはどこいった」と言いながら、どうやってできるのか聞いてくる。
祖父は食べられて満足らしい。形に関しては「おばあちゃんとお揃いだね」とにこにこするだけ。

父方の祖母は「珍しいねぇ」と笑うし、祖父は味さえよければと気にしない。
最初は驚いてくれた父と弟も、慣れてきたのかなんとも反応しなくなった。

でも私は嬉しいのだ。
あの料理上手のおばあちゃんと同じ形だからね。
今日も今日とて玉子焼きを焼く。
きっと三角形になるんだろうな。いや、いっそなってしまえって思いながらね。





#創作大賞2024 #レシピ部門


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