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新しいチェーホフを描く、イチゴエンの朗読劇『賭け』

おいっす~!神谷美里です!
企画演劇団体「イチゴエン」が、チェーホフの短編小説を原作とした朗読公演『賭け』を上演しました。私も4月26日から30日まで行われた公演に足を運び、その内容に感激しました。
演出やキャストの演技力はもちろん、チェーホフの作品を現代的にアレンジし、新たな味わいを提供している点が特に魅力的でした。
『賭け』を観ることで、私たちは現代日本における愛や人生観、そして人間関係について再考させられる機会を得ることができます。

ある夜会の席で死刑の是否についての議論が交わされた。
だが、あっという間に死に至る死刑よりもじわじわと時間をかけて殺す終身禁固のほうが人道的ではないという意見が出る。
議論はあらぬほうへエスカレートし、激昂した法律家と銀行家はある賭けを取り決めることになる。
200万ルーブルという大金を賭けて15年という年月、銀行家の家の離れに厳重な監視のもとで法律家が幽閉生活を送る。
法律家は敷居を跨ぐことはおろか、人との接触も許されない。手紙や新聞は受け取れず、食事は小窓を通して与えられる。
楽器を奏でること、本を読むこと、手紙を書くこと、酒タバコは許されている。だが、言葉を交わすことは許されない。
必要なものはメモを介して要求が許される。
最初の年に差し入れていた本はごく軽い読み物だったが、6年目になると囚人は語学や哲学、歴史学を熱心に学ぶようになった。
その後の4年で求めに応じて取り寄せた本はざっと600冊ほどにもなったが、10年目には、福音書ばかりを読むようになる。
やがてそれは、宗教史と神学に取って代わり、最後の2年間はおびただしい数の本を乱読した。
自然科学を読むかと思えばシェイクスピアを、医学書かと思えば同時に小説や神学、哲学をという具合である。
もうすぐ約束の時間が迫り、銀行家は焦っていた。
若い頃の傲慢さにより、わずかばかりの株価の上がり下がりにビクビクする程度の銀行家に成り下がっていた。
もはや200万ルーブル払えば破産してしまう。ならば法律家には死んでもらおう、と銀行家は考えた。
銀行家は離れにやってくる。ちょうど番人もいない。
入り口の封印を丁寧にはがし部屋に踏み込んだ。
法律家はテーブルの前で座ったまま眠りこんでいる。
40歳そこそこであるはずの法律家は、まるで老人のようにやつれ痩せて白髪が光っていた。
テーブルには書きつけがおいてある。
「15年のあいだ、わたしは注意深くこの世の生活を研究した。あなたがたの本は、わたしにに叡知を与えてくれた。自分があなた方の誰よりも懸命であることをわたしは知っている。そこでわたしは、あなたがたの本を軽蔑し、地上の幸福いっさいと叡知を軽蔑する。すべては蜃気楼のように、とるにたりないもので、はかなく、むなしく、まやかしじみている。あなたがたが生きる拠りどころとしているものにたいするわたしの軽蔑を実際に示すために、わたしは、かつては楽園をあこがれるように夢想し、いまや軽蔑以外のなにものでもない200万ルーブルの金の受とりを拒絶する。」
約束の時間の5時間前に立ち去ると書かれていたこの書きつけをテーブルに戻し、銀行家はその場を立ち去る。深い軽蔑を自分自身に向けながら。
翌朝、離れに寝起きしていた男が窓から庭へ抜け出し、門のほうへ歩いていって、そこからどこかへ姿をくらましたと番人が告げた。

あらすじ

短編小説というだけあって普通に読むと10分程度の短い物語です。しかし今回イチゴエンの公演はおよそ120分。
何が原作とは異なっていて、どんな衝撃が隠されていたのか、120分後の結末とは。


原作のテーマをクスッと笑えるシーンで軽やかに表現

原作の重いテーマはそのままに、思わず笑ってしまう場面が散りばめられていました。
銀行家や法律家たちの視点に留まる物語ではありません。
イチゴエンでは周りの人々の視点で物語が進みます。
そして今回「賭け」を行うのは銀行家と盗人です。
さらにチェーホフが生きた時代にはまだ存在すらしていないオマージュが作品に登場しており、それがふっと一息つかせてくれました。
何に驚き、何に傷つき、何に喜び、何に哀しむのか。取り巻く人々に二人が与えるものはなんなのか。それにより周りの人々がどう変わるのか。
そしてその影響を受けた銀行家と盗人は、より深い人間性を見せてくれます。まるでもう一つのチェーホフを味わえるような、魅力的な作品です。
(どうやら、2017年にguizillenという劇団で上演された本のようです)


ライブハウスほどの舞台で高低差のあるセットの工夫

横幅6m65㎝×奥行最小3m95㎝~最大5m85㎝というライブハウスほどのサイズの舞台。この舞台上に、最大24人のキャストが一堂に会する場面があります。
この狭い空間に?と心配になると同時に期待も高まります。
しかし、そこは個性豊かな役者たちがそろう舞台。シンプルな階段と2つの出入り口があり、黒色に統一されたそのセットは、何もない空間のようだが、ひとたび演技が始まるとその世界にいざなってくれます。
さらに立ち位置からそれぞれの立場が分かるシーンもあり、シンプルだからこそ効果的なセットになっていました。

窪田優子と娘・音色が初共演!感動の親子演技に注目

この「賭け」には、仲の良い役者、窪田優子も出演していました。私のTwitterをチェックしてくださっている方はご存じでしょう。
優子が演じた役は、真実を探求する強い女性記者。男尊女卑や権力に屈しない姿勢が凄まじい女性でした。

そして優子の娘、音色が今回舞台に出演し、デビューを果たしました!
音色は公演期間中に10歳の誕生日を迎えています。
その小さな身体から、客席の奥まで届く力強い声が響きます。彼女は観客に臆することなく堂々と舞台に立ち、見事にポイントを押さえて演技していきます。その姿に、私は心が温かくなりました。

10歳にして初舞台を経験した役者・音色の成長が楽しみです。

朗読劇?イチゴエンの演出により、作品をより楽しむ

銀行家と盗人のストーリーは周りの人々の視点からも描かれ、その感情と行動が物語を動かしていきます。その手法だけでも心を打つのですが、この朗読劇はまるで舞台だったんです。
むしろ普通の朗読劇とは違い、役者たちは台本を手放し、それぞれの役を演じている。そんなシーンが随所にちりばめられていました。

そして、ポイントの一つに「台本を落とす」という行動があります。
なかなかないことだと思うのですが、その特異性が、この朗読劇をさらに際立たせていました。


今回、「イチゴエン」旗揚げ公演となる「賭け」は上演を終了しています。
しかし異色ともいえる"飛び出す"朗読劇で幕を開けたイチゴエンの今後の活動に期待してしまいますね。

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