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電車


交通費がすごいです。

毎回スロットでヤケになって突っ込んでしまうくらいお札をチャージしています。

泣きそうになります。まだ取り返せていないです。取り返すまで突っ込むつもりです。

これはどう考えても絶対に自転車を買わないといけないので、早急に自転車を買うことにします。

大阪にいた時はほとんど自転車で移動していたので、驚きを隠せないです。

宮崎にいた時は高校に通う時に電車を使っていました。

朝に課外授業があったのでそれに出るには6時の電車に乗らないといけませんでした。

1両の車両の中に高校生がパンパンに詰められて運ばれていました。

その電車を逃すと1時間後に来る2両の電車に乗って課外に間に合わないか、自転車で1時間半かけて汗だくで課外を受けるかのどっちかでした。

私は朝起きることが出来なかったので、汗だくで課外を受けていました。

その根性があるなら早起きをして欲しいものです。

でもそれも最初のうちだけで、あとはもう7時の電車で行っていました。

でもそれも最初のうちだけで、あとはもうお母さんに送ってもらっていました。

お母さんはタクシーの運転手をしていたので、タクシーで仕事に行く前に送ってくれていました。

毎日起きなかったのでお母さんにはしっかり見放されてしまいました。

そうなってからはじいちゃんに送ってもらっていました。

じいちゃんが大好きだったので、じいちゃんも私のことが大好きだったので毎日送ってくれていました。

電話をしたら帰りに迎えに来てくれたことも何度もあります。

しかしそれも最初のうちだけで、もちろんじいちゃんにもこの孫ちょっとキモすぎるぞ。というのがバレて、ふんわりと送って行くのがしんどい感じを伝えれらたときは本当に親しき中にも礼儀ありだなと思いました。

そこからは高校にはほとんどお昼に行っていました。

奨学金無駄にしたなぁ。の一言に尽きます。

高校生の時の一番の思い出は、自転車を爆漕ぎしている時に一時停止していた車が発進したところにノンブレーキで突っ込んでしまい、盛大に吹っ飛んだことです。

3メートルくらい吹っ飛びました。

車から男性が出て来て、「大丈夫ですか?救急車呼ぶからちょっと待っててね。」と言って来たのですが、

吹っ飛んだのを人に見られた。という恥ずかしさから、

「すみません、大丈夫です。」

と言って、カバンから落ちた奇跡的に割れていなかった学校に着いてから飲もうと思っていた牛乳瓶を鞄に入れてまた爆漕ぎして走り出しました。

幸い怪我をしていなかったので、最初と同じスピードで自転車を漕ぐことが出来ました。

学校に着いてから、普通に授業を受けて、本当にほぼニワトリなのですぐに大事故のことを忘れてしまっていました。

するとお母さんから電話が来て、

「警察から連絡があって今現場に来てるけど、何で轢かれてすぐに学校行ったと?」

私の生徒手帳が落ちていたので運転手の人が警察に連絡したそうです。

生徒手帳ってまじで意味あるやんとこの時初めて思いました。

事故を起こしたらその場から爆漕ぎで去ってはいけないということを学べました。

時間に余裕を持って行動する。

今もこの課題と向き合っています。

仕事の時の電車には毎回ギリギリに乗っているので、走って駅まで向かう為、リュックに付けていたキーホルダーが全滅しました。

むかつきます。

歩いていたらキーホルダーが無くならなかったんだと思うと本当にむかつきます。

今日も電車に乗るので、今日は走らなくて済むように余裕を持った行動を心がけたいと思います。

思います。

それではまた明日。

おやすみなさい、マイメンたち。






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