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雨あがりの夕暮れどき        ~あれから1年…~

わたしの50代はいろんなところを通り、様々な景色を見せていただいていた。その一つは相談業務。昨年の今頃、一つの相談窓口の業務を辞めた。
それは”配偶者暴力相談支援センター”(以下配暴)である。     CORONA一年目、時同じくして痛めた膝の療養に当てることができた。もしも、コロナ禍でなかったらわたしは落ち着いて自分のからだ・膝と向き合うことができなかっただろう。早く動きたい、早く仕事を見つけたいと焦っていただろう。しかし、その焦りを感じることなく膝の療養に専念できた。
有難かった。コロナ禍。そしてコロナ二年目の春、配暴に通い始めた。配暴はDVにあっているかもしれない、と考える女性の相談窓口であり、行政担当への案内をしていた。また、「配偶者暴力相談支援センターに相談しました」という証明書を出す業務があった。DVにあっていますという証明ではないのでお間違えなく。この部分も行政の妙。              しかし、その聞き取り内容はその時のわたしにとっては辛く、自宅待機のような一年間を過ごした後の心身にはより重く感じた。

わたしは入職した時から違和感があった。まず鍵を持たされてトイレに行くにも鍵をかけないといけない。そのような狭い奥まった事務所で電話を聴く。WHYそこまで危ない部署なのか?

それも夫から離れようとしている、もうすでに離れているということが一つの判断基準となっている。WHY?暴力を振るわれている方が逃げないといけないのか?自分にとって大事な物や服や日常の物や友人関係など、何もかも置いて逃げないといけないのか?その後の生活も仕事も見通しの無いままに、追いかけてくるかもしれない、見つかるかもしれない恐怖の中で生きていかないといけないのか?

事情をいろいろと聞きださないといけない。基本的個人情報をはじめとして、いつ二人は出逢ったのか、いつから暴力が始まったのか、などこまごまと聴かないといけない。おそらく相談者はまだまだ相談すること自体を躊躇しているかもしれない、現状を信じたくなかったり、子どもたちへの影響が心配だったり、そのようなことをこの電話で話していいのか?話したくないと思っているかもしれない。行政の横暴か?WHYそこまで聞かないといけないのか?

DV被害には身体的暴力・心理的暴力・経済的暴力・性的暴力・社会的暴力・子どもを使った暴力があるが、ここではやはり暴力があるかどうかが一つの判断基準になっていた。行政の行政の対応はやはり限界があるのか?WHYけがをしないと助けてもらえないのか?

シェルターに逃げることができる。しかし身の安全を優先するため、同行の子どもは学校に行けない。先の見えない生活、に加えて学校に行けない、ということは学びも遅れが生じる。これって子どもの権利を剥奪してるよ!WHY学生アルバイトぐらい雇って、小学生の学びの補償をしないのかな?

スタッフの価値観がそのまま反映される相談の対応。その人は自分は離婚をしていて、夫は単身赴任をしていて、自分の思う離婚をしていて、30代の子ども二人にもまだ話していないとのこと。その体験があるからと思われる離婚を勧めるアドバイスをしている。そして嬉々として”そうその通り、そうしましょうね”と言うような対応をしている。WHYあなたの体験を勧めるの?それはここの方向性ですか?

わたしがそこを離れてからDVや女性相談について学びを深める機会をいただいた。それはO県男女共同参画センターの専門職向けのZoom研修に参加したことである。その時の講師は原宿カウンセリングセンターの信田さよ子さんだった。民間で医療でも福祉でもないポジションで長年DV被害者支援を、近年はDV加害者支援もなさっている。その彼女・彼らの声を聴いてこられた経験の積み重ねからくる、ある種のデータ・見立ては信頼が置ける。そして、お話の分かりやすさと説得力に納得する。

東京都内では警視庁がDV家庭に程に介入し、加害者・被害者・子どもへのそれぞれの対応をしているとのこと、その場で「奥さん、加害者を起訴しますか?」と訪ねて介入している、そのような海外の良き例のような取り組みが始まっているとのことであった。

そう言えば、先日、モラルハラスメントもDVに含んで見ていく、との厚生労働省の公表があった。

しかし、現場にこの感覚が行き届くのはいつ頃だろう。

被害者の生活は先が見えない。子どもたちの成長を時間は待ってくれない。

一日も早くこの状況が改善されることを願う。



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