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優しさじゃないよ。

とても好きな人がいる。
彼女は素敵な人で、憧れるところがたくさんある。
何より、彼女の優しさに、私は何度も救われている。

そう言えば、私は彼女と2人でお茶やランチをしたこともまだない。

そんな私にも、彼女はいつも、とても優しい。


彼女とは、子ども同士が同じ学校に通う、いわゆる「ママ友」だ。

初めて会ったのは、入学式の時。
保護会の時、私は、初対面の保護者の方々の輪に入るのに緊張して、まごまごしていた。
ちょっと離れたところにいた私に、話しかけてくれたのは彼女だった。

同じ学校に通い、もうすぐ3年。
彼女は、私に会うたびに、娘のことを褒めてくれる。

娘の素敵なエピソード。
娘のきらりと光ると発言。
娘の人柄のこと。
「最高だよね!」「天才だよね!」「本当に素敵だよね!」と褒めてくれる。

そして、私のことも褒めてくれる。

私が何かに頑張っている時や挑戦している時は応援してくれるし、
私が失敗した時や挫けた時も寄り添ってくれる。

この間会って話をしていた時も、娘のことも私のことも褒めてくれて、
私の心はほっこりあったかくなって、とても嬉しい気持ちになった。

私は、彼女への感謝や、彼女のことが大好きな気持ちを伝えきれていないような気がして、「いつも優しくしてくれて本当にありがとう!」と改めて伝えた。

すると彼女が、
「操ちゃんさぁ、いつも私のこと優しいって言ってくれるじゃん。でも優しさじゃないんだよね。」と言った。

続けて、
「優しさで言ってるんじゃなくて、本当にそう思って、伝えたくてたまらないから伝えてるだけだよ。褒めてるわけでもないし、優しさで言ってるわけでもないんだよ〜!」と言って、笑っていた。

その言葉は、私の胸にグッときて、染み渡って、嬉しくて、ずっと私を温めてくれている。

そうだ、優しさじゃないんだ。

彼女が今までかけてくれた言葉は、「優しさ」からの配慮だったのではなくて、彼女が伝えたくて伝えてくれたことだったし、
してくれたことも、「優しさ」ではなく、彼女がしたくてしてくれたことだった。


私は、
人に、動物に、自然に、優しい人でありたいと思っていたし、優しさがあるれる世界をつくりたいと思っていた。


でも、
私が生きている世界は、優しさだけではなくて、
誰かの想いや、存在や、生き方みたいなたくさんのもので溢れていて、
その人自身が発している温かさみたいなもので、
私たちはあたため合って生きているのかもしれないな。

そんなことを、彼女のおかげで感じることができた。


彼女の素敵さを表す言葉はたくさんある。
彼女は優しい人だ。
そして、とてもあったかい人だ。

今日も私はあたたまっている。
そのぬくもりで、私も大切な人たちを抱きしめていきたい。




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