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【短編】 夢

僕は、何かに追われて走っていた。
これはきっと、この間見た夢の続きに違いない。
この間見た夢も、やはり、僕は何かに追われていた。
そして、僕は空を飛んで逃げたのだ。
だから、今日も、空を飛んで逃げればいい。
そう思った。

ところが、今日の僕は、空を飛べない。
いくらもがいても、飛ぶことが出来ない。
やっと、宙に浮いても、足をバタバタさせるだけの低空飛行しか出来なくて、もがけばもがく程スローモーションの様になって前に進めなくなるのだ。

夢だと分かっているのだから、そう必死にならなくても良いようなものだけど、半分寝ぼけた状態では、上手くコントロールができない。

目覚め際に見る夢なんてそんなものなんだろうが、やっぱり気持ちが悪い。
せめて、少しでも前に進めないものだろうか。
僕は、もう一度もがいてみた。

その時、突然体が軽くなった。手足も自由に動く。
僕は、夢から覚めたのだ。
現実の世界に戻って来たのだ。

しかし、僕が居たのは、ベッドの上ではなく、商店街の真ん中だった。
それも、夢と同様に、僕は、走っていた。
一体どうなっているのだろう。
正夢だろうか。僕は、立ち止まった。

後ろから、何かを追うような足音が聞こえた。
足音は、僕の真後ろで止まり、僕の肩を掴んでこう言った。

「やっと捕まえたぞ、この泥棒め!!」

僕が泥棒?一体どう言う事なんだ?
これは、やっぱり、夢の続きなのだろうか。
それにしても、気持ちが悪い夢だ。
僕は、夢から逃げ出したい気持ちで、もう一度走り出した。

「僕が泥棒?僕が泥棒……」

そう呟きながら、僕は走り続けた。
ひんやりとした冷たい風が、何度も、僕の顔をかすめていった。
嫌に、リアルな感触だった。

足音は、相変わらず、遠くなったり、近くなったりしながらも、追いかけて来る。

「僕が泥棒?僕が泥棒……」

頭の中も、足も、だんだん疲れてきた。
これは、本当は、夢じゃ無いんじゃないだろうか?
そんなふうに思えてきた。

「僕が泥棒?僕が泥棒……」

もう少し、考える暇さえあったら。
走りながらも、僕は、色々考えてみた。考えようとしてみた。

「僕が泥棒?僕が?僕は……」

何か思い出せそうだ。

「僕は… 僕は… 僕は泥棒!!」


そうだ、僕は泥棒だったんだ。
夢の話じゃなく、現実に僕は、泥棒だったんだ。


「そうだ、僕は泥棒だったんだ…」

そう呟いた瞬間、口から一尾のサンマがぽとりと落ちた。

「待て!この泥棒猫!」

背後から僕を追う声が迫る。
魚屋のオヤジのしゃがれた声と大きな手が僕に覆い被さるように伸びてくる。
僕はサンマを咥え直して走り出し、塀を伝って屋根の上へと身を交わす。


そうさ。僕は泥棒猫。

立派な長い髭と尻尾を持った黒い野良猫。
泥棒なんて日常茶飯事。
寝ながらだって仕事はこなせる、プロの泥棒。

最近は、ちょっとだけスリルが足りないから、空を飛ぶ夢を見たりしている。

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