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失恋した話

20代前半。

娯楽の少ない田舎町で私の趣味はbar巡りだった。

当時23歳。

『MARIO』って名前のダイニングバーによく通っていた。

店員はみんな男性。

そこで出会ったのが、私と同い年の見習いバーテンダーだった。

初めて話した時すごく楽しかった。

会話が盛り上がり、サービスカクテルまで頂いた。

嬉しかった。

私はそのバーテンダーと個人的に友達になりたいと思った。

でも、なかなか勇気が出なかった。

その店は自宅から車で1時間以上離れており、頻繁に通うのは難しいと予め別のバーテンダーに伝えていた。

けれども、わずか1週間後に私は店を訪れた。

すると彼らの様子が少しおかしかった。

サービスカクテルなんて出していないと言われた。

私は首を傾げた。

確かに「サービスです」と出されたはずなのに。

それから私は毎週その店に通うようになった。

例のバーテンダーは、なかなか私に接客してくれなくなった。

私は彼の顔すらろくに覚えていなかった。

けれども、最初に会った時の『友達になりたい』という気持ちが、自分の中で何か別のものに変形していった。

彼と出会ってから私はダイエットを頑張り、お洒落を研究するようになった。

はじめて店に行った時と比べて、私の見た目は様変わりしていた。

何かが私を突き動かしていた。

けれども店に通うごとに、バーテンダー達が冷たいような、厳しいような、とにかく対応に違和感を持つことが増えていった。

店には異様な空気が漂っていた。

その違和感を打ち消すように、私はますます足繁く店に通うようになった。

『その店にはもう行かない方がいいよ』

ある時、事情を伝えていた別の店のバーテンダーから、そう忠告された。

3ヶ月はその忠告を守った。

けれども私はどうしても確かめたかった。

「〇〇君は彼女いるの?」

「それがいないんですよ〜」

例の彼が別の客と話しているのを私は耳ざとく聞いていた。

また、彼が木曜日が休みなことも把握していた。

私は忠告を破り賭けに出た。

木曜日。

とびきりのお洒落をキメて、オープン時間キッカリに店に到着し、重厚なドアを押し開けた。

「カランカラン」とドアベルが鳴る。

中にいたバーテンダーが驚いた顔を見せた。

厨房にいるバーテンダーや、姉妹店にいるバーテンダーまでやってきて、無遠慮にジロジロと私のことを眺めた。

私は全身で店の気配を感じ取っていた。

1時間くらい経っただろうか。

再び「カランカラン」とドアベルが鳴ると、聞き覚えのある声が耳に入った。

どうやら私のいる席から左4席ほど開けて座ったようだった。

声には若い女性も混じっている。

私は左半身に意識を集中させた。

「〇〇君、今日は何飲む?」

バーテンダーが呼びかけた。

「彼女ちゃんは何飲む?」

私は理解出来なかった。

というより、頭が理解することを拒んだ。

「ブース、ブーーースッ!!!」

彼だった。

「ねーえ、可哀想だよww」

私は悟った。

嵌められたんだ。

店のみんながグルになって私のことを吊るし上げたんだ。

めまいがした。

スーッと体温が下がった。

左を向くと、例の彼と彼女がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

私は引き攣った笑顔を返した。

滑稽だった。

私は強めの酒をどんどん頼んだ。

いつもの美味しいカクテルが美味しくなかった。

楽しい気分が暗澹たる気持ちになった。

悪酔いしたのか、気分が悪くなった。

私は度々席を立った。

お手洗いで鏡をみる。

酷い顔だった。

「ちょっと酔っちゃいました」

言い訳するように席へ戻ると、

「えー?嘘でしょ〜」

とバーテンダーは冷たく言い放った。

優しさのかけらもなく、内心で嘲笑しているのが分かった。

気持ち悪かった。

こんなところで吐いたらみっともなさ過ぎる。

私は涙と吐き気を堪えた。

店を出ると私は酔いを冷ます為にインターネットカフェに行った。

最悪の気分だった。

財布には彼からもらった名刺が入っていた。

私は自宅へ帰るなりキッチンに立つと、ガスコンロのスイッチを押し捻った。

青い炎が彼の名前をみるみる侵食していく。

名刺は黒い煤となって跡形もなく燃え尽きた。

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