見上げればいつも四角い青空#7 自分にも届く贅沢な時間の使い道
「・・・」
マンションの集合ポストの前で郵便配達員の横に無言で立ち、自分あての手紙を一刻も早く受け取ろうとする主人公の姿が印象的だった。映画「P.S.I Love You」(2007年)では、突然亡くなってしまった夫から主人公あてに届く手紙から物語は展開する。主人公は、いろいろなタイミングで手紙を受け取るたびに、少しずつ人生をリセットして、前を向いて歩き出す。
ボクは、手紙を送るのも、もらうのも大好きだ。
メールが普及し始めたころ、手紙はその役割のほとんどをメールに移す、というか奪われるだろうと思われていたし、事実、その傾向は否めない。情報通信白書(令和5年度版)によれば、引受郵便物数は、2022年度で144億通とされ、2013年度からの10年間で42億通も減少しているようだ。そしてその地位は、すでにSNSに移ってしまっているように思える。
それでもボクは、手紙を送りあうという文化はなくなってほしくないと願う。
相手を想い、言葉を紡ぐことは、メールもSMSも同じだと思うし、どれが上ということはない。
ただ、もし「P.S.I Love You」(2007年)で、夫から届くのがメールやSNSだったとしたら、ボクは少し味気ない気がしないでもない。
相手を思い、手紙を書くための筆記具を選ぶ、便箋を選ぶ、一様ではない文字を一文字一文字と書き損じないように精一杯緊張しながら、便箋やはがきと向き合う、ときには季節の切手を買い求め、そしてポストに投函しにいく。
合理的なことが求められる現代において、手紙を書く行為は、確かに面倒なことこの上ないようにも思える。でも一方で、相手に思いをはせ、手紙を書くことは、とても贅沢な時間の使い道で、翻って自分にも届く贈り物のようにも思える。
そういえば最近は、忙しさに追い立てられて、手紙を書いていないことに気づく。
これから父に手紙を書こう。
「元気にしていますか。こちらは元気にしています。そういえば、先日・・・」
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