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五感は記憶をつかさどる

あの春の日に私はドキドキしながら

校門を通り抜け大きな階段を登り

教室を探して探して

ついに教室へと足を踏み入れた。

あの、少し冷たい空気と春の香り。

あれから春が来るとあの緊張感を思い出す。

それは冷たい空気に頬をつままれ

若葉の香りに期待が宿っていることを

知っているからだ。

夏が来た。

苦しい苦しい夏が来た。

あの時聴いていた音楽を聴くと

まだまだ苦しさを鮮明に思い出せる。

あのジメジメとした夏の蜃気楼が

私の心を不安にさせる

暖かさは幸せの象徴だ。

そんな考えを持ちながら

私は暖かさに怯えていた。

秋には文化祭が待っていた。

秋の枯葉たちが

どことなく日々の忙しなさを思い出させる。

文化祭のために部活の練習を頑張った

文化祭のために人との関わりを意識した

少し心がこわばったあの感覚と   

頭をキツく縛り付けられるような

そんな感覚。

徐々に冷たくなる空気と

色を消して落ちていく葉っぱと共に

思い出される。

そして、少しだけ微笑む。

それだけの余裕があるんだからまだ大丈夫

冬。

人生の中で唯一人肌恋しくなる季節

部活があった。部活の仲間と過ごした。

老人ホームへ、教会へ、市民会館へ、

暖かな拍手に包まれる。

楽屋で笑い合う。

幸せだけれど

周りの友達が遊んでいると知りながら

全身全霊部活に注ぎ込む日々

虚しい。

部活でしか楽しめないことがあって

この部活に入っているからこそ

感じられる空気がある

そんな優越感に浸りながら

学校から駅まで部活の友人と歩いて帰る。

冷たい風に吹かれて。

コンビニの灯りと通りの街頭を頼りに。

マフラーを巻いて

ブレザーをきつく体に引き寄せ

また明日も頑張ろう。

そんな気合いをくれたのは

肌に突き刺さる凍えるような寒さ。

一年を通して

思い出がない季節なんてない

思い出がない瞬間すらもない

五感はこうやって記憶をつかさどる

こうやって忘れていた感覚も

忘れていた思い出も

忘れたかった思い出も

全て思い出させてくれる。



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