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【震災と私】お父さんはりんごを送ってこない。

 お父さんはりんごを送ってこない。
クリスマスに福島のりんごを送ってくれるって言ったのに。

 私は中学3年生だった。3月11日の午前中は卒業式だった。写真を見返しても、なんであんな似合わない黒縁メガネをかけていたのかわからない。メガネの下には、楽しすぎた中学校生活が写っている。卒業してもう8年が経つのに、夢でみる学生時代は、決まって中学だ。16歳から18歳も、18歳から22歳も、12歳から15歳の鮮やかさには勝てない。

好きな人と歩いて(あるって)、遠回りになってしまった帰り路も、体育館に響くボールの音と笑い声も、ベランダから選挙カーに手を振った文化祭前の放課後も、あらゆる瞬間が愛おしく思い出される。地震と津波と原発事故によって生じたツァイガルニク効果かもしれない。

 りんごを送ってこない父は、震災後も連絡の一つもよこさなかった。そのことに私は腹を立てていた。死んでいるのかとも考えた。父方の実家に連絡を取り、言葉を交わすまで、「欠けた何か」を補うべく私は必死だった。心の中には「なぜ」がたくさんしまわれていて、事あるごとに顔を出しては、私を悩ませた。22歳の私は、あの頃と比べて「なぜ」と付き合うのが上手になったと思う。今、私は「なぜ、彼はりんごを送ってこないのか」とは考えない。

りんごは、届くかもしれないし、届かないかもしれない。父に対する過去の怒りも、未来への不安も、今ここには無い。

インフルには勝ったみたいだ。どれ、りんごを買いに出かけるか。

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