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【短編小説】好きな人 両親編

朝、俺は慣れない部屋で起きた
それと、慣れない起こされ方もした
耀子「孝幸(たかゆき)、朝だよ」
耳元で好きな人の声が聞こえてくると、飛び起きるのは当然だと思う
ずっと耀子に起こされたかったが、実際にされると心臓が持たなそうだ
「お、おはよう」
耀子「うん、おはよう!」
元気よく返してくれて、朝から緊張した俺の心は燃料を得たようだ
そういえば、客室が2階にあるのは知らなかったな
そう思いながら、耀子と一緒にリビングに降りる
なんか、いいなこういうの、夫婦っぽくて

リビングに降りると、すでに出来上がった料理たちが迎えてくれた
耀子母「あら、おはよう二人とも」
「おはよう」「おはようございます」と、二人で返す
耀子母「顔洗った?」
「いえ、まだです」
タオル使ってと言われ、渡されたタオルを片手に洗面所へ向かう
洗面所の扉を開けると先客がいたようで、耀子の父親に会った
顔を洗い流してタオルで拭いた後に、鏡に対して頭を上げた
すると、後ろにいる俺に驚いたようで、「うわ!?」と俺の方に振り向いてきた
耀子父「あ…な、なんだ、孝幸くんか」
「ごめんね」と謝ってくれたが、俺もノックをしなかったからお互い様だと言った
この家族は、いつも優しい
空いた洗面所を借りて、俺も顔を洗う
いつだかのテレビ番組で、「朝に顔を洗う時は、ぬるま湯か水で洗うのがいい」と言っていたのを覚えていて、俺はそれを毎日やっている
顔を軽く洗ったら、渡されたタオルを使って顔を拭く
本当は保湿をしっかりしたいんだが、あいにく持ってきていない
「ふぅ」とため息に似た吐息を出して、洗面所を出た

もう一度リビングに行くと、料理を先に食べている耀子が声をかけてきた
耀子「おかえり!ここ、座っていいよ」
そう言われた場所は、耀子の隣だった
少し戸惑いながらも、「うん」と返事をして椅子に座る
耀子の、隣…
それだけで、心が踊った
いや、今はそれよりも親をどう説得しようか考えるべきでは…?
朝ごはんを食べながら考える

朝ごはんを食べ終えて、「ごちそうさま」と言うと、「お粗末さまです」と、笑顔で返された
そういうのは耀子に言われたいな…
正直、おばさんの作った朝ごはんが美味しくて、考える余裕がなかった
歯を磨きながら考えるしかないか…

両親と話す支度をしながら、どう説得するか考えていた
耀子とも話したが、結局上手くまとまらずに本番を迎えそうだ
おばさんとおじさんに背中を押されて、耀子の家を出た
緊張と不安に襲われるが、隣に耀子がいるだけで、少し和らぐ気がする
すぐ近くの実家だが、一人暮らしをしているマンションから実家に来る時のような、なんとも言えない重い感覚のせいで、とても遠く感じた
上手く、説得出来るだろうか…
こちらに来る時と同じ気持ちが、身体いっぱいに溜まっていくのを感じる
ポンッと、耀子が左肩に手を乗せてくれた
その耀子の顔は、緊張と恐怖、これから一緒にいたいと言うような表情に染まっていた
そうだ、一緒にいるんだ
一度両親に離されたが、今一緒にいるこの時間を増やすんだ
決意を新たに、実家の扉を叩く

迎えてくれたのはじぃだった
爺「待っていましたよ、ぼっちゃん」
笑顔で挨拶をしてくれる
もちろん、耀子にもしっかり挨拶をしてくれた
「こちらです」と、父さんと母さんがいる部屋に案内された
緊張も不安もあるが、耀子と一緒にいるためだ
案内される間、この家にあったことをじぃは話してくれた
最近の税事情や雇用形態の問題で、使用人の一部が解雇されたこと、事業の一部が失敗したこと
それから、俺と耀子の一件以降、父と母の仲が悪くなったこと
俺の行動は、親にも影響を与えたのか…
あの二人は政略結婚でありながらも、愛を持った夫婦だったらしいからな
どちらかの心に、響いたのかもしれない
部屋に着いた
余計に緊張してきた…
爺「失礼します。坊ちゃんと耀子様をお連れしました」
父「入れ」
じぃは、障子戸をすっと開け、父さんと母さんと反対の席に座らされた
俺と耀子を見つめる両親に、体が強ばる

しばらく沈黙が続くかと思ったが、さすがにここまで来たのに何も言わないのはおかしい
言葉を出そうとした時、母さんが先に声をかけてきた
母「おかえり、帰ってきてくれて嬉しいわ…」
優しい声と表情に、涙が出てきそうになった
それを抑えて、俺も話す
「うん、ただいま」
でも…と、俺は続けた
「今日来たのは、耀子との結婚についてなんだ」
じぃから話を聞いたのか、察したのか、二人は特に驚いた様子も見せずに、ただ俺たちを見ている
何も言わない二人に、言葉の続きを見失った
焦る俺だったが、耀子が助けてくれた
耀子「一度離れましたが、ずっと後悔していました。ずっと、好きなままです」
真剣な表情で、自分の思いをぶつけてくれた
「俺も、ずっと後悔してた。結婚して、離婚しても、心はどこかに行ったままで…」
「仕事ばかりに目が行って、その仕事も上手く出来なくて」と、起きたことを全て話した
もちろん、気晴らしのためにキャンプに行った事も話したし、その時に優しい老夫婦が相談に乗ってくれたことも話した
耀子には、昨日既に話しておいた
寝る前に、さすがに何もわからず翌日聞くよりは、行く前に気持ちの整理のためにも、話すべきだろうと思ったからだ
母「そんな、ことが…」
離婚したところまでは知っていただろうが、さすがにその先は知らなかった二人は、少し呆気にとられていた
父「なぜ、早く言わなかった」
ようやく喋ったと思ったら、心配の言葉ではなく叱責の言葉だった
好きでこんな事になってるわけじゃない…
感情が爆発しそうになったが、さすがに抑える
「早く言ったところで、父さんは何かした?」
まっすぐ、それでいて悲しい思いが籠った言葉が、俺の口から出てきた
父さんは、下を向いて押し黙ってしまった
「いや、そんなことを言いたいんじゃない」
俺は話を戻す
「俺は、耀子と結婚する」
そのために来たんだと、二人に言った
さっき話したことも含めて、母さんは納得してくれるだろう
ただ、父さんがどうするかがわからない
けど、話すしかない
「さっきも言ったけど、耀子と結婚できなくて、その後結局続かなくて、仕事にも身が入らなかった」
「気晴らしのためとは言ったけど、老夫婦に会わずにキャンプに行って、気持ちの整理が出来なかったら、死んでたと思う」
その場が凍りつく
わかってた
だけど、言わなきゃいけない
「老夫婦に相談に乗ってもらえたから、耀子に会って、二人を説得して、幸せに結婚したいと心から思ったんだ」
父さんが何を言おうと、母さんがなんと言おうと、俺はこの気持ちを貫き通す
「納得しなくても、俺は耀子と結婚する!」
説得ではなく、宣言になってしまったかもしれない
けど、自分の気持ちに嘘はついてない
嘘なんて、耀子の前では言えるわけがない
真剣な目で、二人を見つめる
隣に座ってる耀子は、きっと照れているのかもしれない
じぃの様子も、俺の目には映らない
ただ、両親を見つめる
母「…孝幸が決めたことなら、私は何も言わないわ」
やっとの思いで出したような、そんな言葉が聞こえた
あとは、父さんだけ…
視線を、父さんに向けた

しばらく沈黙が続いた
これ以上黙ってるなら、俺は出ていこうと思った
「父さん、納得がいかないなら、俺はもう父さんに認めて貰えなくてもいいよ」
説得に来たが、父さんが何も言わないなら、もう選べる手段は少ない
最悪、この家とは関わらない方向になるかもしれない
でも、それは避けたいから来たんだ
「父さん、何も言うつもりはないの?」
問い詰めるような感じになったが、少し前から喋ってないのはどうにかしてほしい
そういう気持ちも込めて言ったんだけど…
父「それは、すまない…」
その後は、言い出すまで時間がかかっていた
母さんと違って、感情をあまり言葉に出さない人だからか、かなり考え込んでいた
痺れを切らしたのか、母さんが父さんを叱責した
母「あなた、ずっと話したいと言っていたでしょう?なぜ、今話せるのに話さないんですか」
父「いざ話すとなると、何を話せばいいのか…。すまない…」
呆れた表情とため息が、母さんから見えた
母「ごめんね、この人感情を出すのが下手だから、私が話すわ」
母さんが話したのは、じぃから教えてもらったことと、どうして夫婦仲が悪くなったのかってことだった
やっぱり、俺が原因だった
そんな事があって、父さんは言えなかったことを母さんに愚痴として話してたらしい
母「この人ね、本当はしっかり恋をして結婚してほしかったのよ。でもね、血筋を絶やすわけにもいかないから、仕方なく政略結婚に踏み込んだのよ。それを、貴方が離婚してから後悔してね。もう遅いのにねぇ」
今更知ったところで、何かが変わる感じはない
俺にとっては、言い分を聞いてくれない父親だ
「父さん、まだ、何も言わない?」
母「私は認めたわよ」
耀子「私は、孝幸と結婚することは譲れません」
じぃも何か言いたそうだった
父「……すまない」
そう言うと、こちらに顔を向けて、しっかり言ってくれた
父「俺に何か言う資格はないのかもしれないが、元々認めていたんだ。結婚は、もう好きにしていいんだ」
そう言ってくれた父さんの目には、色々な感情が混ざっているようだった
けど、そんなの気にならなくて、嬉しくて耀子と抱き合っていた
爺「いやぁー、良かったです良かったです」
母「じゃあ、さっそく結婚式の準備ね」
「えっ!?早いよ!まだ仕事も片付いてないし、こっちに越してくる準備もしなきゃだよ」
耀子「私が孝幸の部屋に行くよ?」
「そんなこと言わないでくれ!俺の部屋今汚いんだよ…」
耀子「私が掃除するよ!」
楽しそうに言わないでくれ…
ふと見えた父さんの顔は、小さい頃を思い出すような表情だった

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