【短編小説】アンドロイドの悲劇
「ここからなら、外に出られるはずだ…」
2人の男が、薄暗い廊下の通気口の蓋を外し、通気口内の様子を見ている。
カシャンカシャンと、2人のいる廊下の右奥から聞こえてくる。
2人は慌てた様子で、急いで通気口内に入り、蓋を閉めた。
「見つかってないよな?」
「多分大丈夫だ。」
2人の男は、警戒しながら通気口内から廊下を見た。
やって来たのは、どこか怪しげな雰囲気のある、人型ロボットのアンドロイドだった
このアンドロイドは、廊下の見回りをする担当だったのだ。
男たちは、そのアンドロイドが通気口の前を通り過ぎるのを、今か今かと、心臓を早く打たせて待っていた。
通気口の前を綺麗に通り過ぎたアンドロイドは、廊下の左奥へと、カシャンカシャンと足音を立てて歩いて行った。
ふー、と、男たちは大きくため息をした。
「早くこの場所から出て行こう。恐ろしくてたまったもんじゃない。」
「そうだな、そうしよう。」
男たちは足早に、通気口内を這って移動していく。
しばらく移動した先の最初の部屋は、なんと人間たちが労働している部屋だった。
「ここ、俺たちがいつもいるところじゃないか?」
「いつまでもここにいたら、警備に見つかるかもしれない。早く行こう。」
男たちには見覚えがあった。
人間が、アンドロイド達の手によって家畜化、奴隷化された世界。
人間たちは一つの建物に入れられ、死ぬまで労働力として使われていた。
そしてその内の一部屋が、男たちが通った部屋だったのだ。
警備のアンドロイドは、通気口内にいる男2人には気付かず、労働している人間たちを監視していた。
そそくさとその部屋を通り過ぎた2人は、また別の廊下にたどり着いた。
「ここはどの廊下だ。地図は?」
「地図なんてあるわけないだろ。俺はここまで来たことがある。だいたいは頭に入ってるから、信じてくれ」
わかった、と、地図の存在を聞いた男は首を縦に振った。
「この廊下は、たしか共同浴場に繋がってたはずだ。」
「!なら、そこへ行けば外に出られるんじゃないのか!?」
そう言われた男は、首を横に振る。
どうしてだと聞かれた男は、理由を話し始めた。
「共同浴場のお湯は、アンドロイドたちが科学的に生み出したものだ。それに、あそこには窓なんてない。完全な密室になってるから、あそこには行けない。」
それを聞いて肩を落とした男は、「ならどこへ行くんだよ。」とさらに聞いた。
その時、また廊下のどことも言えない遠くの方から、カシャンカシャンと、アンドロイドの足音が聞こえてきた。
息を飲んで通気口内で様子を伺う。
見回りのアンドロイドは、特に気にもしないようで、通気口の前をまた綺麗に通り過ぎて行った。
男たちは、見回りアンドロイドが通り過ぎた後も、通気口内で身を潜めていた。
どうも、1人が頭の中の地図を精査しているようだった。
「まだ行かないのか?」
痺れを切らして、また聞く男
「もう少し待ってくれ、313。」
313、よく質問する男の番号だった。
「だってよ、あんまりここに長くいるとバレるだろ?」
どうにか言えよ、なんて、313は言う。
しばらく沈黙が続いたが、地図の精査が終わったのか、「よし」と言った。
「たしかに、あんまりここに長くいるとバレる。右には行けないから、ここは廊下の左の方に行く。」
「え、でもそっちは…」
不安げな表情をしながらも、313は着いていくしかなかった。
313が不安を抱くのも無理はない。
2人が出た廊下を左に進むと、アンドロイド達が充電するための部屋があるからだ。
その部屋にも当然、警備がいる。
だが、313はこの事実を知らない。
その部屋の前を通ったことがないからだ。
知らない廊下を通るには、それ相応の覚悟が必要になる。
313が不安になるには、それだけで充分だったのだ。
通気口の蓋を外し、廊下に出る2人
「あまり大きな音出すなよ。見つかったらまずい。」
「わかってる…」
ヒソヒソと、小さな声で話す。
2人はここまで裸足で移動していた。
廊下を歩く時なんかは、ペタペタと音が出てもいいはずだが、その音は鳴らなかった。
それもそのはずだ。
この施設の人間達は、硬い地面を素足で歩いていたからだ。
人間は順応するのが早い生き物だ。
ずっと硬い地面を歩いていれば、自然と足裏は固くなり乾燥する。
これが木造建築だったならば、変化は変わっていただろう。
2人が喋らず、静かに廊下を歩いた先に、例の充電部屋が現れた。
この部屋に来るまで、丁字路のような場所はなく、かつ隠れられるような場所もなかった。
この部屋の警備アンドロイドに見つかれば、2人の命はないも同然だ。
マンガやアニメで出てくるような、目での会話など当然なかった。
2人は息を殺し、警備が廊下側から部屋の内側へ視線を移すまで待った。
その時間は、遅いようで早いようで、2人にはとてつもなく長い時間に感じただろうが、実際は1分ほどだった。
警備の視線が部屋の内部へ完全に移されると、2人は足音を立てないように静かに、だが早足でその部屋の前を通り過ぎた。
充電部屋を過ぎてしばらく、突然廊下の奥から、曲がり角の奥から、また見回りのアンドロイドが来ている音がしてきた。
カシャンカシャンという音が、2人の心臓を早く打たせていた。
考える余裕もなく、2人はすぐ近くの通気口に入った。
だが、そこには先客がいた。
2人は小声で、「奥から見回りが来てる。入れてくれ!」と頼むしかなかった。
無事に入れてもらえた2人は、難を逃れることに成功した。
見回りはまたしても、通気口に目をやることもなく通り過ぎて行った。
通気口内の3人は、安堵で大きな、だが小さな声でため息をした。
「ありがとう、僕は312だ。こっちは313、君は?」
「私は537。あなた達と同じく、ここから脱走しようとしているところよ。」
この施設から脱走する人間は少なくない。
だがその多くは、すぐに見つかり、アンドロイド達に命を取られてしまう。
地球上の人間はアンドロイドに管理されている。
しかし、その管理を嫌う者は必ず出てくる。
そのような者たちはみな、脱走を試みては失敗していった。
時には、見せしめのように、皆の前で消えていく命もあった。
この3人は、今までの脱走者とは違い、綿密な計画を立てていた。
特に312は、アンドロイドを騙せるほどに演技力が高く、頭の回転も早かった。
俗に言う、頭がいい人だったのだ。
「この後はどこに行く予定だったの?」
537は2人に聞く。
313はわからないと答えたが、312は違った。
「前に、出口に繋がる廊下を通ったことがある。その廊下に出るための通気口に行く。」
313と537は、出口なんてないと、312に言ってしまった。
「その話が本当なら、今頃脱走した奴らが失敗するわけないだろ?」
そうよと、537は同意した。
だが、それに312はこう返した。
「それは、出口を間違えて覚えていたからだ。」
意外な返答に、2人は固まってしまった。
「あまりここにも長居は出来ないな。うん、この廊下ならあの通気口まで出られる。着いてきてくれ、頼む…」
脳内でこの施設の地図を完璧に作れていた312は、2人に頼んだ。
「わかったよ、着いてくよ。そうじゃなきゃ、ここまで来てないしな…」
313は理解したようだが、会って間もない537は、すぐ返事をすることが出来なかった。
「嫌なら着いてこなくていい。僕は絶対にここから出ると決めてるんだ。」
固い決意を口に出した312を見て、537は悪かったという表情をして言った。
「わかったわ、着いていく。その代わり、あなた達がダメだと思ったら、置いていくわ。」
それでいいと返し、312は蓋を開けて出口へと向かう。
廊下の曲がり角を進み少し、新たな通気口があったが、それを無視して進む312
それを見ていた2人は、思わず口を出してしまった。
「あれじゃないのか?」
「違う、あれは厨房へ繋がってる。下手すれば僕たちは調理されるぞ。」
思わぬ返答に、2人は動きが固まる。
「もしかして、私たちが食べてたお肉って…」
「そ、そんなこと、ないよな…?」
恐怖で聞くが、312は答えない。
本人も、考えたくないことだったのかも、しれない
「早く行くぞ。下手したら通気口が閉じられる可能性もある。」
恐怖心を押し殺して、312は突き進む。
やっと現れた通気口に、312は臆することなく入る。
「ねぇ、さっきはなんで、通気口が閉じられる、なんて言ったの?」
通気口を少し進んで、537はそんなことを聞いた。
それを聞いて312は進むのをやめた。
「それは…」
口篭り、返事をするのを躊躇う312
何かを知っている様子だが、それを話そうとはせず、「早く行くぞ。」と言って、再度進み始めた。
537は、「何か知ってるなら、教えてくれればいいのに…」と呟いた。
313には、537の気持ちだけがわかっていた。
そうして通気口を進み、312は止まる。
「この先の廊下だ。」
313と537は、心臓が高鳴るのを感じた。
だが、312には、その感覚などわからなかった。
当然だ。
出口、もとい、人間のための食糧調達口には、見張りのアンドロイドがいるのだ。
「この先は、出口とは名ばかりの、僕たちが食べるための物を搬入する扉がある。当然、見張りもいる。」
それを聞いて、313と537は、自身の心臓の高鳴りが消えたのがわかった。
その代わり、緊張で早打ちし始めた。
「そ、そんなの、どうするんだよ…」
313は、恐怖心を露わにして聞いた。
聞いたところで、作戦は一つしかないのに、だ。
312は、わかりきった作戦を言った。
「出口付近は、十字路がある。僕がこの通気口の出口の廊下と反対の廊下に走るから、お前たちは出口へ走れ。」
「え、それじゃあ、貴方はどうするのよ?」
当然の質問を537はする。
そうして、当然の返しを、312はする。
「どうにかして出口に行く。それに、誰か一人は囮になって、出口のパスワードを入力しなきゃいけない。僕が囮になれば、2人は出られる。」
「パスワードって…。お前それ、どうやってわかったんだよ?」
これも、当然の質問だ。
「……前にな、脱走しようとしたんだ。」
突然の話に、2人は驚く。
「その時も、313の部屋のやつと一緒だった。」
「え?」
313が驚く中、話を続けていく。
「そいつは僕よりも賢かった、頭が良かった、頭の回転が早かった。だが、嘘をつけなかった、演技が出来なかった。運動神経も良かったのに、あいつは捕まった。どうしてかわかるか?」
わからないと、首を横に振る2人
「僕が怖くなって、通気口から出られなかったんだ。あいつは、そんな僕を置いて囮になった。」
もう、わかるよな?と言う312に、2人は何も言えなくなっていた。
「だが、収穫もあった。」
「パスワード…」
すぐ返事をしたのは、537だった。
「そのパスワードの番号は、なんなんだよ?」
313は聞く。
「簡単な計算式だった。だが、それは僕たちが奪われたものだ。計算式の内容も覚えてない。」
「じゃあ、俺じゃダメだろ。頭悪い俺じゃ、そんなん計算できねえよ。」
313は、運動は出来たが、知識や計算に関しては、めっきり縁がなかった。
「あぁ、だから、初めはお前を囮にしようと思ってた。けど…」
「私…?」
一つの不確定要素として、別の人物が突然現れることはよくあることだ。
決められた運命も、日々の中の“いつも”を、少し変えれば変わることもある。
「計算、少しはできるか?」
「まあ、多少は…」
312の問いに、537はそう答えた。
「少し長かったが、パスワードを入れるまでは大丈夫なはずだ。それに、頭の中に地図はしっかりある。反対廊下の先がどこに繋がってるかも、把握済みだ。頼んでもいいか?」
自身の運動能力のことは何も言わず、地図の正確さを推している。
「……わかったわ。頑張る。」
「え、俺は?」
何も言われない313は、思わず聞いてしまった。
「もし、予備の見張りが来た時、相手にしてもらいたい。確実にパスワードが入れられるように…」
「わかった、絶対に食い止める。」
そうして3人は、通気口から出た。
覚悟を決めて、312はまっすぐ廊下を走り始めた。
タッタッタッと、軽やかな足音が、見張りのアンドロイド達の聴覚センサーに届いた。
その音と共に、312は、見張り達の方向を見た。
挑発をしていたのだ。
「こっちだ!アホども!」
大声を発して、確実に引き寄せる。
見張りは312に走った方向にカシャカシャと音を立てて向かっていく。
その隙に、313と537は出口へと向かう。
なるべく足音を立てずにと、312に言われていたため、静かに早足で向かっていた。
パスワードパネルの前に行くと、537は計算式とにらめっこを始めた。
『パスワードを入力してください』
と表示されている下に、計算式が浮かんでいた。
1497+510+808+1503= ?
「え、これ、むずかしくない…?」
にらめっこを始めてすぐ、537は苦い顔をした。
「大丈夫?できそう?」
心配で声をかける313
しかし、計算式は見ないで、廊下の奥からアンドロイドが来ないか見張っていた。
「やるしかないけど、これ、私頭の中で計算できるかな…」
「紙とペンあればできるってこと?」
「いいから見張り集中して!私はこっちに集中するから…」
「わかった」
そんな会話をして、沈黙が始まる。
その頃312はというと…
「ハアッ、ハアッ、ハアッ…!!」
見張り達に追われて、既に息が上がっていた。
カシャンカシャンと、無機質な音を立てて、壁に背を向けている312に迫る。
既に部屋の隅まで追い込まれていたのだ。
そのような絶望的な状況の中、不思議なほどに落ち着いて見える312
「ハアッ、ハアッ、ハァ…」
スゥー、と、大きく息を吸い、ハアー、と、大きく深呼吸をした。
そして、キリッという効果音が出てきそうな目をして、今度は不思議な音を出した。
「アオーーーーーン!!!!」
まるで狼の遠吠えに聞こえたそれは、312が出せる大声を軽く超えていた。
そしてそれは、見張り達には予見していなかった行動のようで、一瞬動きが止まった。
その一瞬の隙を見逃さなかった312は、隅から部屋の出入口に向かって、一気に走り始めた。
その行動を捉えた見張り達は、312の後を追った。
『アオーーーーーン…』
遠くから、聞いた事のない音がした2人は、少し動きが止まった。
がしかし、すぐに312の作戦だと気づき、先程と同じ作業をする。
「2013たす、808は…えっと…」
ここまで順調に計算をしていた537は、手のひらに指で文字を書いていた。
今持てるもので、どうにかしていたのである。
そして、この時点まで、代わりの見張りは来ていなかった。
「えっと、にせん、はっぴゃく、にじゅう…いち?うん、これであってる。だから最後は、この、2番目に大きい数字…」
1497+2821= ?
この計算式にまで到達したその時、312が走って行った廊下から、人の足音でない足音が、大量に聞こえてきた。
ガシャガシャガシャガシャ!!
「戻ってきたぞ!パスワードは!?」
312の姿が見える前に、声がした。
「け、計算式!」
537は313の声掛けにハッとし、「1497+2821!!」と大きな声で返した。
その計算式を、走りながら瞬時に解く312
廊下から飛び出し、パスワードの番号を叫んだ。
「4318!!!」
叫んでこちらに走ってくる312の後ろには、大量のアンドロイドが走っていた。
あの足音は、312の出した遠吠えによって引き寄せられた、大量のアンドロイドのものだったのだ。
「4318…開いた!」
「はやく!」
2人の声を聞きながら、312は必死に走る。
走る、走る、走る…!
「外から閉じるボタンがあるはずだ!それを押せ!はやく!」
そのボタンを見つけていた2人だったが、押さない。
「はやく押せえええええ!!」
その気迫に驚き、537はボタンを押してしまう。
「なっ!何やってんだよ!」
「わかってる!けど!わかったのよ!ここから離れるわよ!」
そう言って537は313の手を掴んでどこかへ走って行った。
313は「おい!なんで!312!!!」と、大声を出していたが、次第に小さくなった。
312が扉の近くまで行く頃には、人一人分が飛んで抜けるほどまでに狭まっていた。
その隙間を、312は、飛んで抜けた。
そして、その扉を通り抜けられなかったアンドロイド達は、扉に挟まれたり、扉に勢い良くぶつかったりして、大破した。
その様子を見て、312は倒れた。
安堵と、疲労によって、緊張の糸が切れたのだ。
気絶から目が覚めた312は、見知らぬ自然の中にいた。
周りには何も無く、ただ一人、そこにいた。
少し考え、一つ疑問を抱いた。
『あの2人はちゃんと生きているだろうか』
「もしかして、知らない野生動物にやられたんじゃ…」
不安が思考を早め、良くないことばかりが浮かんだ。
しかし、それを打ち消した音が、声があった。
「312、大丈夫かな。俺心配なんだけど…」
「大丈夫じゃない?ちょっと打ったような痕はあったけど」
2人の会話と、ガサガサと草木をわけながらこちらへやってくる、足音だった。
それが聞こえてきてすぐ、312は2人のもとへと歩いていた。
その足音、いや、草を踏む音が聞こえたのか、313と537は、312がいた場所へ駆けていた。
ガサガサと、2つの音が次第に近づいていく。
そして、同じ位置に来た時、その音は止んだ。
「313、537…。よ、よかった…!!」
そう言うと、312は泣き出してしまった。
その様子を見て、慌てる313と537
「な、なんで泣くの?」
「まだどっか痛いのか!?」
慌てながらも、312の心配をする2人を見て、笑顔を出しながらこう言った。
「また会えて良かった…」
この脱走は成功した。
人類には大きな大きな一歩だった。
また外の世界で、細々とだが、生きていくことが出来る。
だが、見方を変えれば、アンドロイド達にとっては悲劇でしかなかった。
何が幸福で何が不幸なのか、機械であるアンドロイドにはわからないのだろうが、確実に、破滅が約束されようとしている。
人類に幸あれ、全ての命あるものに、平等な世界を
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