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君たちはどう生きたか

誕生日

一年に一度、生きていることを祝福される唯一の日である。
その日まで生きてきたことをまるっと肯定されるのである。
ここまで愛に満ちた一日が他にあるだろうか。


ガチャリ

帰宅
先ほどスーパーで購入したものを冷蔵庫に放り込む

酔っている
泥酔である

「あ〜掃除しなきゃ」
「流しも片付けなきゃ」
「明日の用意…」
「お風呂入りたい」
「脚本送らなきゃ……脚本……」

酔うと独り言が止まらなくなる

一通りやらなきゃいけないことを言語化して
空間に浮かべた後、ベッドの側にへたり込んだ

今年はたくさんの祝福をもらった
その一つ一つが本当に嬉しくて、
愛されていることの幸せをじわじわと感じていた

それなのに。


「愛されたい」

そんな言葉が口から出て、落ちた

手を伸ばして
ベッドの上の洗濯物をつかむ
それを眼前の壁に向かって投げつけた

ぽすっ

「愛されたい」

はは、なんて陳腐でチープな台詞
表現があまりに直接的すぎる
小説家なら切腹し、残された遺作に編集者も絶望するだろう

…知るか、私は小説家じゃねぇ

ぽすっぽすっぽすっぽすっ
既に乾き切った洗濯物は舞い続け、壁に当たって落ちていった
ベッドの上、壁際に山ができた
なんだか分からないけどたくさん泣いていた
嗚咽混じりにその言葉を繰り返した

・ ・ ・ ・ ・

目が覚めたらタオルケットにくるまっていた

闇の中で、
空間に漂うやらなきゃいけないことたちが
こちらを見ている

ベッドから降りて台所へ向かう
蛇口を捻りコップに水を入れる

冷蔵庫を開ける

そこにはケーキが、2個入っていた

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