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広く、深入りせず、赤魔道士のように

十数年ぶりにファイナルファンタジーV(以下FF5)をプレイしている。
念のため説明すると、FF5はRPGのファイナルファンタジーシリーズの5作目であり、1992年に発売されたものなので約30年前のゲームである。
実家の掃除を手伝っているときにゲームボーイアドバンスを発見し、FF5がささったままであったのがきっかけだ。電池を入れなおして、数年ぶりの起動であるにもかかわらず軽快に動くためそのままプレイすることにした。携帯ゲームは何時間でも続けてしまうのが恐ろしい。
FF5を初めてプレイしたのは小学生の頃で、その後も何度かプレイした記憶がある。そのせいか、久々のプレイだったが、ところどころ覚えており全く違和感なく楽しむ事ができた。本作はキャラクターの専門性を変更することで(ジョブチェンジ)、能力パラメーターと特殊スキルを変更する事ができるシステムを採用している。ストーリーも素晴らしいのだが、独特なジョブシステムが気に入っていてこのゲームを楽しんでいた。
しかし、そんなわたしでも忘れているジョブがあった。赤魔道士である。ファイナルファンタジーの世界では、魔法は攻撃系の黒魔法、回復系の白魔法に大まかに区別されているが、なんと赤魔道士は、黒魔法と白魔法を扱えるジョブなのだ。
「じゃあ赤魔道士だけでいいじゃん」と思いきや、そうはいかない。残念ながら赤魔道士は黒魔法、白魔法の上級の魔法は使えないのだ。序盤は良いが、終盤になってくると所謂、火力が足りなくなってきて、使用に耐えなくなり、せっせと黒魔道士や白魔道士などの専門特化したものにジョブチェンジすることになるのだ。これがわたしが忘れてしまっていた大きな理由だと思う。おそらく序盤はお世話になったはずだが、なんとも薄情なものである。
数年ぶりに再会した赤魔道士について率直に思ったことはこうだ。
まるで薬剤師のようだ、と。誤解して欲しくないのだけれど、決して馬鹿にはしていない。わたしも薬剤師だから当然ポジティブな意味である。

薬剤師は国内で使用されている薬を幅広く知識としてカバーしている。流通している薬(日本国内で約2万品目!)をすべて把握し理解することは不可能であるが、データベースや製薬会社などの情報収集のスキルやリテラシーが最も高い職種である。知識の深さよりも広さを重視しているといえる。
対して医師は何かしらの専門性を持っている事が多いため、その範囲は狭いが、その理解は恐ろしく深い。薬物治療がメインとなる内科系の診療科においては、薬剤師が治療面の知識では歯がたたないこともしばしばである。意外にプライドの高い薬剤師はこの事実に耐えられないことが多い。この事実に対してどのように対処するのか。多くの場合、薬剤師は医師の真似を始める。診療科をひとつ決めて、知識を狭く深いものとするように方針を切り替える。医者のように振る舞い、あれこれ医師の処方や検査オーダーについて評論を行い、自分ならこの薬を選択するなどと言ってみたりするのが特徴である。知識は深まり、医師と対等にディスカッションできたことが重なったりすると誇大妄想気味になり、周囲のマウンティングを始める薬剤師も多い。わたしは君たち「フツーの薬剤師さん」とはちがうのだ、と。
勉強熱心な薬剤師ほど、この罠に陥りやすい。こういった振る舞いをする薬剤師は「ミニ医者」と同僚薬剤師や看護師から揶揄され、裏では医師からも実は良くは思われてはいない。

わたしもここまでひどくはないが、長らく精神科分野の専門性をもって活動していた。ある時、精神科病棟に抗がん剤治療を継続している患者が入院してきた。使用している抗がん剤はわたしたち薬剤師にとっては超メジャーな薬であり、いくら精神科の専門医とはいえ今までに名前くらいは聞いたことがあると思っていた。しかし患者の入院直後から担当医師から質問や相談が何度もあり、向精神薬や抗精神病薬などの相談の比ではなかった。ある分野に特別詳しいことも役に立つこともあるだろうし大事だと思う。しかしながら、医師は専門領域外の知識は意外に乏しいため、薬剤師に自分たちの専門外の薬物治療に精通していることを求めているのだと実感した。
また、医師は薬の効果に関心が特に強い傾向があるが、副作用のリスク評価も治療において同じ程度重要である。例えば抗生物質は病巣細菌を死滅させ、症状を改善させることが目的とされる効果だが、生物に有益に作用している腸内細菌にも同時にダメージを与えてしまい、そのことによって下痢症状が副作用として引き起こされてしまう。このようなイメージしやすい副作用なら理解の範疇であり、医師も関心をもって副作用止めの処方を検討したりもしてくれるが、因果関係不明の副作用は意外なほど多い。そのためよくわからない副作用に注意を払うのは薬剤師の役割であり、職能を発揮できるシチュエーションである。そしてその機会は当然多く、専門性に特化せずとも、わたしたちは副作用のリスク評価というアプローチで広く、治療に貢献することができるのだ。

専門に特化してしまおうという誘惑に抗うために必要なことはなにか。大学での講義で、青臭く熱量のある学生に「広く浅くあるべき」というメッセージは心に響かないだろうし、熱心な学生ほど「これだから老害どもは」と軽蔑することだろう。
わたしのように、臨床の現場で気付くことがイニシエーションのようなものなのだろうか。しかし欲を言えば、「広く浅く」がポジティブに受け止められる強いイメージを学生や新人薬剤師に提示することが出来ればいいなと思うが、まだ自分のなかでぼんやりしたイメージのままだ。

赤魔道士で非常に多くの経験を積むと「連続魔」という能力を習得するチャンスがある。「連続魔」とはその名の通り、1度に2種の魔法を連続で使用可能になる非常に強力な能力である。似たようなスキルは他に存在せず、まるで赤魔道士を使い続けたご褒美のようである。
わたしたち薬剤師は途中で安易に黒魔道士や白魔道士などにジョブチェンジをすることなく、「連続魔」の習得を目指して努力すべき。今のところ、そう思っているが道のりはまだまだ、長い。

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