顔の好きな男の子と結婚して1年が経った。

 結婚していっしょに住むようになり、必然的にいっしょに過ごす時間が長くなった。それに伴って、とても下らない話や付き合っていたときは話題にしなかった好きなアイドルや生理、便通の話などもするようになった。性行為の機会は増えたが、ラブホテルには一切行かなくなった。 
 行かなくなった場所と言えば、喫茶店や商業施設にも行かなくなった。結婚する前の私たちは、いっしょに過ごせる場所や時間を求めていた。そのために、値段に対して美味しくないものを食べたり、行列に並んでゴンチャを飲んだり、目的もなく無駄に街を歩きまわったりした。少しでも会える時間ができれば、躊躇なく半休をとって会いに行った。顧客に会うと偽って会議を欠席して彼に会いに行ったこともある。彼と会うことは他のどんなことよりも優先すべき事項だった。彼と会っている間は悩みを忘れた。ストレスが吹き飛んだ。別れ際はいつも寂しかった。改札前で別れを惜しんだ。いつからか、いっしょに暮らしたいと思うようになった。 
 今振り返れば、お金や時間を無駄に遣ったと思ったりもするが、ひたすら自分の気持ちに従って衝動的に行動したことを懐かしく思ったりもする。いまの私たちの暮らしは、まさしく星野源が歌うところの「意味なんてないさ 暮らしがあるだけ」だからだ。 
朝出掛けにキスをする。真面目に仕事をしたり、こんな駄文をこっそりしたためたり、夫の写真を見返したりして、オフィスでの空虚な8時間を終える。帰宅してキスをする。手分けして家事をし、いっしょに食事をとる。それぞれ自由に過ごす。いっしょにお風呂に入る。日によっては性行為をする。寝る前に決まってキスをする。夜中にふと目が覚めると、彼の顔がすぐ側にある。きれいな顔で眠っているのに驚く。週末は、スーパーマーケットに出かける。値引きシールのついた食材を買ったり、どちらの商品が割安か検討したりする。 
 毎日が繰り返しでしかない。それでもなぜか毎日が楽しい。結婚する、すなわち戸籍を同一にするという行為自体はわたしたちの身の上に実際にこれという変化をもたらすことはなかった。ただ「いっしょに過ごしたい」と思っているふたりのまま一日一日を過ごしている感じがする。いっしょに暮らすことに意味なんてない。目的もない。 
 しかし、結婚してからは横槍が入る。 
 今のままの暮らしがこの先もこのまま続けばいい、とわたしは思っている。 

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