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あつあつのピザを置く

5月の日記です。書かなかったたいせつな時間もある。

5月2日(木)
 U-NEXTで映画『テルマ&ルイーズ』を観た。細かい内容はいつか忘れてしまうかもしれないけれど、ラストシーンだけは、死ぬまでずっと覚えていると思う。
 観終わってすぐに、おすすめしてくれた紘子さんと萌絵さんにLINEを送った。感想を伝えたい気持ちが半分、(久しぶりに遊びたいです)という気持ちが半分。来月に会う約束ができて、やったーと小躍りする。

 夜は、高田馬場の居酒屋で友だちのヒロトくんとご飯を食べた。早稲田の学生たちに囲まれ、つられて声が大きくなる。
 わたしは、彼のつかう比喩表現がとても好きなのだけれど、今日はさくさくの唐揚げを食べながら「唐揚げっていうか、とり天だね」と言っていて、大笑いしながら納得した。
 ヒロトくんはいつも、すごく軽やかに遊びに誘ってくれる。そういうところに救われている。いつも誘ってくれてありがとう。


5月3日(金)
 就職のお祝いに、ふなちゃんが恵比寿のkintanへ連れて行ってくれた。わたしが知っているなかで、いちばんいい焼肉屋さん。ユッケのランチメニューを注文した。
 お肉が運ばれてきて、あまりにも豪勢な見た目にふたりで「どひゃ〜」とひっくり返ったところまでは覚えているのだが、夢中になりすぎて、食べているあいだの記憶がほとんどない。あっという間に平らげ、大満足でお店を出た。

 まだ時間があったので、恵比寿近辺を散歩することにした。返すために持ってきてくれた『違国日記』全巻を、駅のロッカーに預けて出発(受け取るとき、「ちょっとむずかしかった」と素直に伝えてくれたのがうれしかった)。 

 代官山まで歩いて、おしゃれなカフェで二時間ちかくだべった。大学生くらいの子たちに囲まれながら、むかしのドラマやお笑いの話をずうっとしていた。彼女と出会ってから何度、『花より男子』や『花ざかりの君たちへ』の話をしただろう。きっと老婆になってもしている。

 ふなちゃんとはすごく気が合うけれど、いま好きなものや、普段生きている世界はまったく違う。それでもお互いの世界のことを、無関心に、それでいて尊重し合えている関係がとても心地いい。
 そして時々、むかし好きだったものとか、「なんかいや」だと思うものが重なり合ったりして、一緒にいられるのだと思う。

 嵐の『Happiness』の話になったので、聴いて帰った。「走り出せ、走り出せ、あすを迎えにゆこう」という歌詞が、とてもきらきらしたものに聴こえて、胸がいっぱいになって、ちょっと泣いた。


5月5日(日)
 優香、理菜と京華の家へ遊びに行った。四人で集まるのは、優香の出産前、おそらく最後になる。

 優香のお腹は、もうはち切れそうなくらいパンパンだった。ちょっと触らせてもらおうとしたら、優香が「いま、ここにいるよ」と言いながら、わたしの手をつかんで下にずらすので、その一連の仕草にすこしどきっとした。この子は、母になるのだ。

 お腹からは、こぽこぽと生き物の気配がして、その手触りが今でも手のひらに残っている。


5月8日(水)
 会社の定期面談へ行った。退職を伝えてから、はじめて会社の人と会った。終始ぎこちない、気まずい空気が流れていたけれど、べつにそれは毎度のことでもあった。

 ひとつだけこれまでと違ったのは、いつも使っていた喫茶店のココアをおいしいと思ったこと。
 前回までは、長居はしないぞ、という意思表示のように、運ばれてきたらすぐ無心で飲み干していたのだけれど、今日はもうどうせ辞めるし、全部どうでもよくなったので、ココアの味を噛みしめることができたのだ。トッピングのホイップクリームがうれしい。
 これまでずっと、すごくもったいないことをしていたのかもしれない。お店の人に申し訳ない気持ちになった。

 面談にきてくれる会社の担当の人のことを、わたしは最後まで好きになることができなかった。


5月9日(木)
 映画『悪は存在しない』を観に、渋谷のル・シネマへ行く。小腹が空いていたので、劇場の売店でタルトタタンを購入してみた。
 甘くて、りんごがごろごろざらざらしていて、とてもおいしかった。すこし早めに席に着いてしまったせいで、映画がはじまる前に食べきってしまう。一時間半ずっと、ゴミを持て余すはめになった。

 映画は、解釈がとてもむずかしくて、帰り道に自転車を漕いでいるときも、家に着いて料理をしているときも、お風呂に入っているときも、うんうん唸りながら一日中映画のことを考えていた。
 こんなふうに物語に取り憑かれることがすごく久しぶりだったので、なんだかうれしい気持ちになった。


5月11日(土)
 快活クラブへ行き、漫画の新刊を一気読みした。久しぶりに少女漫画をたくさん読んだら、久しぶりに読んだからなのか、いつもより目がきらきらして見えて、ああ、少女漫画を読んでいるなあ、としみじみ思ったりした。

 大好きな歌のなかに「きらきら 涙が 頬をすべる」という歌詞がある。「涙」と「きらきら」が並んでいるところを、ほかで見たことがない。はじめてこの歌を聴いたとき、心がびりびりと震えたことを今でも覚えている。

 わたしの瞳に映る、ときめきも、かなしみも、すべてきらきらひかっている。


5月13日(月)
 館石さんと青木さんと、野毛で飲んだ。彼らはわたしの友人のなかで、いちばん最高の酒飲み。そして酔っぱらい。
 わたしはお酒を飲まないし、歳は五個も十個も離れているけれど、そんなのわたしたちにとってはどうでもいいことだった。わたしのことをおもしろがってくれる、おもしろい大人たちだ。

 野毛の居酒屋を二軒はしごしたあと、地元のカラオケで夜を明かすことになった。仲良くなってから約六年、ずっとお決まりのコース。
 彼らとはじめて飲みに行った、大雪の日のことを今でも鮮明に覚えている。警報も出ているくらいの吹雪だったのに、誰も中止にしようとは言わず、新横浜のがらがらな居酒屋で乾杯をした。
 その夜、お互いの歌声をはじめて聴かせ合って、わたしは自分の居場所がようやくわかったような気がした。

 深夜のカラオケは、まるで宇宙船のようで、わたしたちを朝まで連れていくのだった。


5月18日(土)
 会社の荷物を片付けに行った。デスクに置いていたフィギュアや資料を段ボールに放り込みながら、いざこうなってみると、やっぱりちょっとさみしい気持ちになった。

 大学生の頃から数えたら、計六年ほど、この街に通ったことになる。すてきな街だったけれど、どこか合わないような気もしてた。
 わたしが最後にたどり着くのは、一体どこの街になるのだろう。いまはまだ検討もつかない。それでも、わたしに合う場所をさがすため、合わない場所でもがんばりながら、これからも生きていくのだと思う。

 夜にオイダから夏フェスへのお誘いがきた。夏フェスなんてきらきらしたもの、もう行かないんだろうなあなんて、ぼんやりと思っていたところだったので、連れ出してくれるひとがいることに感謝する。
 これまでもこれからも、誰かと出会って、別れて、生きていく。


5月19日(日)
 久しぶりに深沢さんと会って、夜ご飯を食べに行った。『ストレンジャーシングス』に出てきそうな雰囲気のピザ屋へ行き、デカいピザ一枚とコーラを注文。横並びで座った。

 会っていなかった期間にお互いいろいろあったようで、空白を埋めるようにして近況を伝え合った。
 わたしが話をしているあいだ、あつあつのピザをお皿のうえに置き、丁寧に耳を傾けてくれて、彼のこういうところに何度救われただろう、と思った。   
 わたしもこんなふうに、大事なひとの大事なはなしを、焼きたてのピザを置いて聞いてあげられるひとでありたい。

 キタニタツヤの曲をおすすめしてくれたので、聴きながら帰った。おしゃれでかっこいい。


5月27日(月)
 夕飯を食べながら大河ドラマ『光る君へ』を観た。『枕草子』が誕生する回で、清少納言が「春はあけぼの」とつづるシーンで号泣してしまった。

 ことばが持っているうつくしさが、千年前からずっと変わらないことに胸がいっぱいになった。いつだってことばは、自分が生きるためのもの。そして時に、誰かを生かすものにもなる。


5月30日(木)
 友だちのゆきひろくんとロイヤルホストに行った。前回遊んだときに食べ損ねたえびフライのリベンジをするため、大人版・お子さまランチみたいなわんぱくプレートを注文した。ドリンクバーもつける。

 平日のお昼からファミレスに集まって、おすすめしてもらった本の感想とか、昨日のラジオの話をした。
 何回も、何回も、ドリンクを注ぎに席を立ち、それでも席に戻ったら、席を立つ前にしていたはなしの続きをはじめた。会話のなかで、一時停止と再生のボタンが機能しているみたいだった。

 別れ際、「では、また」と挨拶したあと、彼がすこし張った声で「ぜったいに!」と付け足してくれたのがすごくうれしかった。彼の言う「ぜったい」は、本当に「ぜったい」のような気がする。

 思えば五月は、たくさんの大事なひとたちとおいしいものを食べた月だった。出会えてよかったひとが、こんなにもたくさんいる。
 べつに忘れていたわけじゃないけれど、やっぱりわたしは、すごくすごく恵まれているのだと思う。





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