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フレックス登校

 四時間目は、理科だ。

「起立(きりつ)」

「礼」

 日直さんの号令に合わせて、みんなで背すじをのばし、しっかりとおじぎをする。

 今日の日直は、いつもはりきり屋さんのみのりちゃん。

「リラックス!」

 よく通る声で言って、みのりちゃんは、ゆかに腹ばいになった。



 ぼくらも、それぞれリラックスできるしせいをとる。

 美紅(みく)ちゃんは、ソファの上であぐら。

 サッカー少年の冬弥(とうや)くんは、はしっこのイスにすわって、コロコロ、コロコロ、足でボールをこねている。

 百八十度開きゃくのしせいでタッチパネルをタップしているのは、バレエをやっていて、身体がやわらかいのがじまんの沙希(さき)ちゃん。

 ぼくは? って? 

 ぼくは……今は、ゆかに足を投げ出してすわって、かべにもたれている。つかれたらソファにすわったり、ねそべったりするかも。授業中にどこでどういうしせいをとるかは、特に決めてはいない。

「今日は、こん虫について勉強しよう」

 みんながリラックスするのをまって、先生が話し始めた。もちろん先生もイスにすわっている。

「やくそく通り動画を見るけど、その前に、自分の観察カードで『これはこん虫だ』と思うものがあったらならべておいて」


 菊池省吾(しょうご)先生は、ぼくたち三年一組の担任の先生だ。若くはないけど、としをとってるってほどでもない。三十四さい。ぼくのお父さんと同じとし。

 今朝はたしか、耳の横にぴょこっとねぐせがあった。

 けど四時間目の今はねぐせが直っている。三時間目は、副担任の桐原歩美(あゆみ)先生の算数で、菊池先生は休けいだったはずだから、その間に直したのかも。

 ――って、いけない。動画、始まっちゃう。

 リラックッスしていた方が頭がはたらくけど、リラックスしすぎるとぼうっとしちゃうから、むずかしい。

 ぼくは、とくいのイラストをいかした観察カードの中から、カマキリと、モンシロチョウ、それからクモのカードをゆかの上にならべた。

 クモ、けっこう好き。

 お父さんにそう言ったら、「スパイダーマンか? なつかしいなぁ」だって。そんなの、知らない。ぼくが好きなのはさ、クモの巣(す)。ちゃんと見たことってある? すごくキレイなんだ。

 来年から始まる自由学習のテーマ、ぼく、クモの巣にしたいんだよね……。


***********


「動画を見て、新しくわかったことがあったら発表して」

 見終わってから、先生がそう言って、ぼくはならべた観察カードの中から一まい、クモのカードをファイルにもどした。

 ちぇーっ。クモはこん虫じゃなかった。まあ、いいけど。

 あしが六本なのが、こん虫のじょうけんだってさ。

「あしがついている部分が、むねだよ。じゃあ、ここは何かな?」

「頭っ!」

 みのりちゃんが言う。

「ハイ正解。それなら、ここは?」

「おしり!」

 またみのりちゃん。ほんとハリキリ屋さんだ。けどさぁ。

「ちがうぞ。動画、ちゃんと見てたか? ここは、〈はら〉」

 先生に直されて、みのりちゃんは大さわぎ。

「ええーっ」

 うるさいな、って言うかわりに、ぼくは音量を下げた。先生の声も小さくなる。

「みんなも、まちがえやすいから、注意な」

 あ、目の前をだれか横切った。タクトっぽかったな。トイレかな? 

 ……うん、合ってたみたい。先生がうなずいたから。『だれか』は静かに教室を出て行った。

「先生、ならべた観察カードはどうしたらいい?」 

 ぼくの質問に、先生が、「おう。見るよ」と画面をのぞく。

「うん。クモのカードがいなくなったな。どうしてだ?」

「だって、あし八本だし」

「そうだな。そこだいじだな」

 先生が、ひとりひとりに話しかけながら観察カードを見て回り始める。四年一組は十六人のクラス。今日は、何人来てるんだっけ。

「ダンゴムシな。さっきのきまりに当てはまるか? もう一回考えてごらん」

「こん虫のカード、なかったか? 1まいも? ……なるほど、植物が多いな。花な、キレイだけどなー。あとは……カメか。そうか」

 先生の話し声。ここからは、教室のぜんぶを見ることはできない。

 美紅ちゃんが、水とうから麦茶を飲んだ。いつの間にか、つくえに移動している。

 沙希ちゃんが立ち上がって、まどわくにつかまって身体をうしろに反らせた。それからもとの位置にもどって、またタブレットをタップする。

 冬弥くんはボールを転がし続けている。


 教室の窓ぎわ、風でふくらんだカーテンを見ていたら。なんだか急に、学校に行きたくなった。



 今ぼくは自分の家にいる。リビングに。お父さんもお母さんも仕事に行ったから、ひとりきりだ。

 天気の悪い日や体調の悪い日、あとはねぼうをした日(今日のぼくだ)なんかは、登校せずに、こうやってオンラインで授業を受けてもいい。家にいるのか、学校にいるのか、ウェブからポチっと登録さえすれば。カンタンだ。

 お昼も、希望すれば給食を家に配達してもらえて、これもウェブからポチッ、でいい。


 ――でも。

 今からでも、行こうかな。お昼、みんなと食べたいし。

「観察カードは、整理してファイルしておくこと」

 先生の注意に、あちらこちらから返事がきこえた。

「「「はーい」」」

 ぼくは時計を見て、もうこんな時間かとおどろいた。

「きりつ! 礼!」

 みのりちゃんの号令。授業が終わったんだ。

 ペコリ、と礼をしつつも、ぼくの動きにはむだがなかった。ポチッとしてから、ランドセルに、使用中のタブレットPCを放りこむ。

 そうしてぼくは、いそいそとげんかんに向かった。



              【おわり】

 

 


奇特な貴方には、この先幸運が雨あられと降り注ぐでしょう!