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紙の魅力を知って人生が変わった話。

こんにちは!
中庄株式会社の未来をつくる部 刑部渉(ぎょうぶわたる)です。初見の方もいらっしゃいますので簡単な自己紹介をさせていただきます。

⚫︎自己紹介
弊社中庄株式会社は創業240年の紙屋です。紙屋といっても紙を作っているわけではなく、メーカーさんが作った紙を紙を必要としている先へ届けるというのが主な仕事です。僕自身は新卒で中庄株式会社へ入社して、既存の営業を経験した後、中庄自らできる「何か」をつくりたくて「未来をつくる部」を立ち上げて、中庄のビジョンづくり、中庄HPの刷新、各種SNSの立ち上げを行ないました。2020年にアトリエヤマダとタッグを組み、紙の新たな可能性を模索するため「紙の遊園地プロジェクト」を立ち上げ、カタチを目指さない図工室「チョキペタス」の運営を行なっています。

※中庄のビジョンに関しては下記note記事をご確認下さい。


振り返ってみると、自分の人生の転機はきっとここだったんだろうなと思う部分がいくつかある。僕はあまりこどもの頃の記憶が薄くて、覚えていないことが多いのだけどそれでもいくつかあったりする。

それこそ、若い頃はあまり深く考えて生きてこなかったし、やりたいことなんて別になかった。でも、社会人になってから自分自身の人生についてとても考えるようになった。中庄に入社してからの14年間ずっと考えてきた。
そして、その中の1番の転機と言える出来事についてが、この度漫画になりました。

こんな事になるなんて考えてもいなかったし、想像もしていなかった。今一緒にプロジェクトを進めているアトリエヤマダ代表の山田龍太さんや今回漫画を描いていただいた漫画家のニシモティさんには感謝しかありません。
今回はそんな漫画の発刊に合わせて、1ページずつ解説していこうと思います。最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。

⚫︎一旦全編を読みたい!という方は下記リンクよりご確認下さい。


紙の魅力を知って人生が変わった話。

中庄株式会社には印刷用紙や出版用紙を取り扱う「洋紙部」とティシュやトイレットペーパーなどを取り扱う「家庭紙部」といった2つの営業部があります。

元々僕自身は紙に興味があったわけでもなく、新卒で家庭紙部に配属されたのでいわゆる「洋紙」というものの知識や業界の慣習のようなものも知りませんでした。だからこそ、そこに囚われることなく色々と考える事ができたのかもしれません。

家庭紙部にいたころも自分としては一生懸命に働いていたつもりです!笑 ただ仕事に慣れていく中で色々と自分の中で「このままでいいのかな、、?」と思うようになってきました。

こどもが生まれたということもあって、自分のこどもに今のままの自分の姿を見せたくないな、、と考えるようになりました。少なくとも自分の父親が家で愚痴を言っているようなことは聞いたこともないし、誇りをもって仕事をしていると常に感じていました。そんな理想像に少しでも自分自身を近づけていきたいなと、、、

何となく今の枠組みではないことをしてみたくて、色んな展示会に顔を出したり、新しくできた場所を見に行ったりしている中で、名古屋にある紙のお店「紙の温度」の社長•花岡さんと出会いました。紙の温度さんで見た世界各国の紙にすっかり魅了され、紙の勉強なんかも沢山させていただきました。そんな中、弊社の社長が花岡さんと一緒に行く予定だったドイツの見本市「ペーパーワールド」へ急遽社長の代わりに僕が行くことになりました。

ペーパーワールドで見た紙

ペーパーワールドでは世界各国の紙が一堂に介しており、商品ではなく、紙そのものがそれはもう魅力的に陳列されている現場に衝撃をうけました。紙とは使う人それぞれが使い道を考えることのできる「余白」のある存在。僕らのようなモノづくりができない紙屋としても、その「余白」という価値創造ができるのではないか、、とこの時から考えるようになりました。

※ペーパーワールドでの詳しい内容は下記記事よりご確認下さい。

そこからが苦悩の連続で、結局何をすれば良いのかも定まっていなかったというのが正直なところでした。中庄ホームページの刷新を行い、SNSアカウントを立ち上げて、自分が見聞きしたことや紙の魅力を発信し続けました。そこで知り合った方々と色んな話をする中で、「意味」を問われたときはかなりショックでしたね、、笑

そんな中で出会ったのがアトリエヤマダの山田龍太さんです。正直アトリエヤマダさんの活動内容も把握してなかったですし、あの頃はとにかく色んな方と話をしないと何も生まれないと考えていました。ちょうどその頃、会社の中では組織改革があり、自分自身も新規部署の長としてある程度会社に進言できる立場になることが決まっていたことも大きかったと思います。

紙の可能性を探るプロジェクト「紙の遊園地」プロジェクトとして、図工室、ボードゲーム制作、まちづくりイベントの実施という3つの提案を受けた時、これがなんなのかも、今後どうなるのかも、わかりませんでした。でも全部楽しそうだから全部やりたい!と山田さんにはお伝えしました。

チョキペタス図工室の開始とともに、チームづくり、ブランドロゴや図工什器の制作、撮影•広報計画の推進、その他チラシなどの制作、あらゆる事が瞬く間にカタチになっていきました。その全てが僕にとっては新鮮で楽しく、とても素敵なモノが出来上がっていく事を実感していました。

「日本橋の地に新たな創造拠点となる発信地をつくる!」というビジョンが現実となっていく瞬間です。

※紙の遊園地プロジェクトに関する詳しい記事は下記よりご確認下さい。

実際に自分のこども呼んだのは、もっと後の出張イベントの時です。この物語唯一のフィクションです。

初めて開催したチョキぺタス図工室


僕たちは今までワークショップをやったことがなかったから、「カタチにすることを目指さない」をテーマに、テーマのない図工室をすんなり受け入れる事ができました。色んなワークショップを行っているクリエイターさんや企業さんと話をすることで、このやり方をスタートさせることはとっても勇気がいる事だとわかったのは1年以上やり続けた後のことです。そして、それこそが「チョキペタス」最大の魅力です。

参加してくれるこどもたちの中には、テーマがなくても臆せず取り組める子、少し戸惑ってしまう子、一緒につくって欲しいと言ってくる子と様々です。でも最後にはみんな必ず「楽しかった!」と言って帰ってくれます。初めて開催した時も、本当にみんな楽しんでくれて、今もまだ来続けてくれている子もいます。

そして、自分のこどもがチョキペタスに参加した後、これは家に帰ってから言われた一言です。

僕は自分自身がこどもに誇れるような父親になりたかった。そして、そのためには自分がやりたいと心の底から思えることをして生きていきたかった。それがカッコいいと思っていました。だからこそ、どんなに辛くても頑張ってこれたし、今も頑張れるんだと思います。

現在も行なっている中庄での定期開催


そして今は、紙の可能性、紙屋としての可能性、あとは会社としての可能性を生み出していかなきゃいけない立場として、中庄で働くみんなが「この会社に入って良かった!」「紙屋の仕事は誇らしい」と思えるものをつくっていきたい。

この活動をしていると「ボランティアですか?」と言われる事がけっこうあります。でも、そんな時僕は自信を持って「紙屋として、新しい事業をつくっています!」と伝えられようになりました。

240年の紙屋がこれから先の100年を作るための事業として「永遠に終わらない遊び」を僕は作り続けていきたい。

中庄チョキぺタススタッフ

今回この漫画の制作に関わってくれた全ての方に感謝いたします。また、紙の遊園地プロジェクト「チョキペタス」を今まで支えてくれた全ての方々、企業様に感謝いたします。

正直、中庄の一社員である僕が題材の漫画なんて誰が興味あるんだろう、、なんて思ったりもしています。笑 でもこの漫画を通じてたった1人でも何かしら前に踏み出せるためのきっかけを与えられたとしたら嬉しいです。

いつもいつも、長々とお付き合いいただき有難うございました。

中庄株式会社 刑部渉

漫画制作:ニシモティ
企画:アトリエヤマダ(株) 山田龍太

左:刑部渉 中央:山田龍太 右:ニシモティ


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