20191102タイトル

「投票率の崩壊」はどこで起きていたか

 1990年代前半に起きた国政選挙の投票率の崩壊について地域分析を行い、どの地域で投票率の下げ幅が大きかったのかを明らかにしました。

 その結果、投票率の崩壊は均一に起きていたわけではなく、本州・中国・四国の都市部や沿岸部と北海道で激しいという、特異な傾向を持っていることがわかりました。

⭐投票率の崩壊とは

 衆院選や参院選の投票率は戦後一貫して下落してきたわけではなく、1980年代までの横ばいが続いた後、1990年代に大幅に落ちています。そしてその後、投票率は郵政解散と民主党への政権交代という二回の選挙を除いては、従来の水準を回復しなくなりました。こうした経緯があるため、昨今の投票率の低下を考える上で、1990年代の状況の理解は重要です。

 衆院選(青)と参院選(赤)について、全国で集計した投票率の推移を下の図に示しました。縦軸を投票率、横軸を年として、投票率の崩壊にあたる時期を太線で描いています。

国政選挙の投票率の崩壊

図1.衆院選と参院選の投票率

 衆院選の方は第39回(1990年)から第41回衆院選(1996年)にかけて13.66ポイントの低下が起きています。参院選の下げ幅はさらに大きく、同時期の第15回(1989年)から第17回(1995年)にかけての下落は20.50ポイントとなっています。

⭐「投票率の崩壊」の地域特性

 今回は、第15回参院選(1989年)から第17回参院選(1995年)に至る投票率の下げ幅を地域ごとに集計し、地図上に示しました。

参院選1989-1995投票率の崩壊

図2.「投票率の崩壊」の地域特性

 塗り分けは、1989年から1995年までの6年間で境界線の変更がなかったような最小単位(3365地域)で行いました。例えば6年の間に自治体の合併があった場合は、合併後の境界線に統一して有権者数と投票者数を集計し、投票率を出しています。

 また、配色の区分は2ポイントごとですが、投票率の下げ幅に応じて、おおまかに黄色(10ポイント未満)、赤(10~20ポイント)、紫(20ポイント以上)に分けています。

 この地図からは、本州、中国、四国地方の都市部や沿岸部で下げ幅が大きかったことが読み取れます。これは平野の分布とも重なっており、相対的に人口密度が高い地域であるということもできそうです。

⭐社会党との関係

 北海道全域で下げ幅が大きいのは、ここが社会党の地盤であったことが関わっているのではないかと考えました。つまり、1989年時点では勢力のあった社会党が1995年にかけて支持を失っていく過程で、社会党から離脱した層が選挙に行かなくなった可能性があります。

 このことを検証するため、同時期における社会党の絶対得票率の変化を地図化しました。すると、社会党の勢力の後退は全国的であり、図2の投票率の低下とは分布が重ならないことがわかりました。

参院選1989-1995社会党

図3.社会党の地域特性

 つまり、投票率の崩壊は、安易に社会党の勢力の後退に結び付けることができないことが示唆されます。北海道で投票率の下げ幅が大きかった原因には、さらなる検討が必要です。

⭐1990年代の「都市無党派層」の政治への失望

 1990年代初頭には、歴史の大きな転換点となるソ連の崩壊とバブルの崩壊が起こりました。

 米ソ対立の構図が崩れると、その2年半後には自民党と社会党が連立政権を結ぶなど、日本においても右派と左派の対立は希薄化していきます。

 それとともに、バブルの崩壊によって日本の経済が打撃を受けると、資本を守るために労働者の権利が削られていきました。ソ連の崩壊によって共産圏の拡大を恐れなくなった資本主義圏は労働強化へと進み、終身雇用の崩壊や非正規化を推し進めていったのです。

 そうしたなかで選挙もまた、かつての保守に対する革新の構図から、保守にたいする保守という構図へと変化してきました。衆議院で小選挙区比例代表並立制が導入され、二大政党制が目指されたこともこうした枠の中で起きたことで、結局のところは、ソ連崩壊とバブル崩壊が関わっているわけです。

 また、有権者の側には、バブル崩壊後によって困難な就職を強いられたロスジェネ世代以降、安定した雇用の中で結婚して子供を育てるという従来の生活ができなくなった若者が多く生まれました。政治はその層の期待に応えることがなく、また、その層が自ら主体となって政治を動かすことも実現しませんでした。

 投票率はこうした状況の中で崩壊していきました。別の角度からは、この時期に無党派層が急増したことや、生活が苦しくなった20~30代の若者で投票率が激しく下落したことも明らかとなっています。

 今回は、投票率の下落が地域的に見て都市部、沿岸部、平野部で激しかったことを明らかにしました。ここまで不均質な傾向があったことは驚きで、これは当時、都市部の若者を中心として多くの無党派層がうまれたであろうという想像を根拠づけるものであるように思います。

 そしてまた、投票率の崩壊とは、1990年代を境にして都市部の投票率が上がらなくなったことであるというふうに言えるのかもしれません。

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note: みらい選挙プロジェクト情勢分析ノート

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社会を変革する手段としての正確な政治情勢分析を、誰からも独立して探求しています。著書に『武器としての世論調査――社会をとらえ、未来を変える』(ちくま新書)。自由にフォローしてください。Twitter: https://twitter.com/miraisyakai

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コメント1件

何となく南北の関東を見ていると違和感があったので都道府県別の投票率で少し分析をしてみました。投票率20%以上の下落が多かったのは地域的には近畿・東海・北関東・九州で東京を含む南関東は基本的に下落率が20%を下回り、兵庫は阪神大震災の影響があるので「都市部の若者を中心として多くの無党派層がうまれたであろう」と言うのは少し無理があるような気がします。一方下落率の高い地域では大阪維新の会、減税日本、みんなの党、東国原知事と投票率下落と言う政治空白の間隙をぬった動きがあったように思います。http://blog.livedoor.jp/brothertom/archives/80577255.html
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