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退職金の税金が上がるとは?何が問題?キーワードは「退職所得控除」

令和5年6月末以降のニュースで「退職金に掛かる税金が増税されるかも?」と不安になるような情報が報道されました。
情報の出処は政府の税制調査会であり「わが国税制の現状と課題 -令和時代の構造変化と税制のあり方ー」(令和5年6月30日)の96ページ 退職所得の欄に「現行の課税の仕組みは、勤続年数が長いほど厚く支給される退職金の支給形態を反映したものとなっていますが、近年は、支給形態や労働市場における様々な動向に応じて、税制上も対応を検討する必要が生じてきています」

https://www.cao.go.jp/zei-cho/shimon/5zen27kai_toshin.pdf

内閣府 税制調査会HP

当然批判も反対を示す声も上がっているようです。今後の議論について経過を注視したいところです。では、ここで疑問ですが退職金に関する税金について、どの部分が議論されているかご存じ方はどれくらいいるでしょうか?分からないまま漠然と不安にかられても良い判断はできません。今回は現時点(令和5年7月6日現在)の退職金に関する税金の計算方法について解説します。

所得税の概要

退職金は個人にたいして支払われます。個人に掛かるものなので税金は所得税が課されます。所得税は収入形態によって10種類に分類されます。給料は給与所得、個人事業主の利益は事業所得、不動産で得たものは不動産所得、株式の売買などで得た利益は譲渡所得など得られたお金の出処によって分けられます。退職金は退職所得とされます。

また、所得税においては「収入」とは経費など何も引かない状態のことを言います。給料なら額面を指し個人事業なら売上が収入に当たります。

「所得」は収入から経費を引いた分を指します。給与や退職金は概算で経費が計算されます。これは個人事業者や不動産オーナーと違って利益を出すために必要な経費を明確に計算することが難しいからです。

給与所得を計算する場合の計算式は以下のとおりです
給与収入(額面)ー給与所得控除=給与所得

*給与所得を含む各所得を合計してから社会保険料控除や扶養控除が引かれ残った額に税金が掛かります。

概算で出す経費とは上記の「給与所得控除」が当たります。給与所得控除については国税庁のホームページで計算表が掲載されています。

退職所得を計算するときにも給与所得と同様に概算で出す経費「退職所得控除」があります。そして、今回の議論の対象になっているのがこの退職所得控除の計算方法なのです!!

退職所得控除とは?

退職金は給与の後払い分とみなされています。更に現在の社会構造上では退職金をもらう時期=老後となることが一般的です。これまでの功労金的な要素、更には老後を迎えるための生活資金という側面もあるので、給与所得控除よりも控除できる金額が多くなっております。つまり、税金が安くなるような仕組みになっています。


退職所得を出す計算過程がこちらです
(収入金額(源泉徴収される前)-退職所得控除額)✕1/2=退職所得

退職所得控除を引いて更にの半分にして退職所得になります


退職所得控除は以下の様に計算します
*勤続年数に端数が出た場合は切り上げとなります(例:19年1ヶ月→20年)

勤続年数20年以下の場合
40万円✕勤続年数
(上記の計算で80万円に満たない場合には、退職所得控除は80万円となる)

勤続年数20年超の場合…
800万円 + 70万円 ✕(勤続年数 - 20年)


勤続20年超の退職所得控除が見直された場合の影響は?

今回、見直しとされているのが上記の「勤続年数20年超」と「20年以下」で差を無くそうというものが議論されているようです。その理由が、長く勤務することで退職金が増え税金も安くなるのでメリットが高く、雇用の流動性を阻害しているから…というものでした。

控除額の差を計算してみましょう。勤続年数35年の場合で試算します。

*勤続年数や退職金のモデルは厚生労働省の令和3年賃金事情等総合調査「勤続年数、学歴別定年退職者の平均退職金額(男性)」を参考にしています。https://www.mhlw.go.jp/churoi/chousei/chingin/21/dl/07.pdf

  1. 現行制度の場合… 800万円+70万円✕(35年-20年)=1850万円

  2. 議論中の制度が採用された場合… 40万円✕35年=1400万円

控除額に450万円の差が出ます。では、上記と同じ条件で退職金が2000万円を例にし退職所得を算出してみます。

  1. 現行制度の場合… (2000万円ー1850万円)✕1/2=75万円

  2. 議論中の制度が採用された場合… (2000万円ー1400万円)✕1/2=300万円

退職所得は、原則として他の所得と分離して所得税額を計算します。退職する方が勤務先に「退職所得の受給に関する申告書」を提出している場合は源泉徴収されて退職金の支給がされます。税額については下記を参照してください。

上記の表に沿って税額を計算します。この場合、所得税と復興特別所得税が掛かります。

  1. 現行制度の場合… (75万円×5%)×102.1%=38,287円

  2. 議論中の制度が採用された場合… (300万円×10%-97,500円)×102.1%=206,752円

差額は168,465円でした。
今回のモデルは厚生労働省の資料に沿って、大企業に対する平均値を使って計算しました。よって、同様の退職金を得る見込みのある会社員、公務員については影響が有りそうです。

また、今回は所得税と復興特別所得税のお話しでしたが、この後は住民税も課税されます。

iDeCo、企業型DC、小規模企業共済の加入者への影響

退職金の他、iDeCo、企業型DC、小規模企業共済の加入者が受給資格を得られる年齢になり一時金受け取りを選択した場合、その一時金は退職所得の扱いになるので同様の影響が有ります。

中小企業に勤務している社員の場合、定年時の退職金は1000万円前後と言われており影響が無いように見えますが、この様な理由で大いに影響します。

議論すべきは退職金ではなく…

老後資金について足りない分を自分で準備するよう政府主導で推奨しています。安倍政権下で老後2000万円問題が発表され、自分で老後資金を準備しようという呼びかけの元でiDeCoなど積極的に推奨していた過去がある中、ゴール部分の退職所得の課税部分を後でハシゴを外すような行為は整合性が取れません。

また、今回の議論の発端とされている雇用の流動性について、退職金が阻害要因の大部分になるとは思えず、むしろ現役世代が恒常的に持つ生活不安・将来不安が転職や起業など人生に大きな影響を及ぼす思い切った行動にブレーキを掛けているものと思います。

もし、雇用の流動性を促したいのなら、手取りを減らす主要因である社会保険料の減額、生活費に大きく影響する物価高や子育て費用の抑制を進めるべきです。子ども手当の拡充は生活者にとっては喜ばしいことですが、片や最も就学費用の掛かる16~18歳の頃に扶養控除が無くなれば負担減の恩恵は大きく有りません。

是非、現在の議論の中に一般市民の声を混ぜてもらい、生活不安・将来不安の原因について現実的な議論をして欲しいと思います。


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