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3歳娘と初旅行・1日目〜朝起きたら吹雪だった

仮にも物を書く仕事で飯を食っているのに、書きたいことを書きたいままに書くととにかく長文になるで有名な私です。

娘との旅行の備忘録です。長いので、今日の仕事を終えた後お茶を片手にゆっくりとお読みください。


いろいろ止まっていた朝


朝起きたら吹雪だった。


天気予報は毎日チェックしていたのでなんら不思議はない。「知ってました」というコメントしかできない。

それでも旅行当日の朝まで「真冬日で吹雪」という予報をどうにか回避できることを願っていた。もちろん虚しい夢物語であったが。

その日は3歳の娘と2人きりの初旅行で、五能線というローカル路線を走るリゾートしらかみという観光列車に乗る予定だった。

日本海沿いをひた走り、観光名所では長めに停車して景色を堪能できるというステキ電車である。……観光シーズンならな。

今は冬なので、金土日しか運行しないし、日本海は基本的に荒れている。だからリゾートしらかみを楽しむには不十分どころかほとんど意味がないのだが、それでも家から初旅行に無理がない程度の距離で、乗り物好きの娘にはぴったりであろうと選んだ。

今シーズンは1月2月と記録的暖冬で気温が高く、雪はほとんど降らずだったので「3月なんざぶっちゃけもう春だろ」ぐらいに思っていた。

それが蓋を開けてみたら、吹雪である。
3月に入った途端、天気予報はマイナス気温に雪マークのオンパレード。
逆だろ。1月2月にあるべきやつだろそれ。

それでも起きて間もないうちは「雪かぁ」と窓の外を眺めながらのんきに朝ごはんを食べていたが、ふと、母が「五能線は強風ですぐ止まる」と言っていたことを思い出した。いわく、海のすぐそばを走るため風の影響が出やすいらしい。

念のため念のため…と唱えながら、JR東日本の公式サイトを見た。


止まっていた。

吹雪ということはつまり、風も強いのだ。
風がなければ雪はまっすぐ降る。風があれば斜めに降る。雪国の常識である、なぜ気づかなかったのだろう。

つまり、強風で電車が止まってもなんの不思議もない。吹雪の時点で、電車が動かないことを予測しておくべきだったのだ。私の脳まで止まっている場合ではない。

いやしかし、でも、このページによると、


「リゾートしらかみは運転します」となっている。

なぜその状況でリゾートしらかみは運転する?
逆に怖い。

リゾートしらかみだけ車体がめちゃくちゃ強力とかあるのか。リゾートしらかみだけ日本海からの強風にめちゃくちゃ耐えますとかあるのか。そこまでリゾートしらかみだけを信じるに足るソース(根拠)があるなら知りたい。

それにたとえ1号2号(続けて書くと某ロンドンブーツみたいになってしまう)が動いても、予定では1号で藤崎というなんもない街まで行き(藤崎の人すいません)、白鳥を見たあと(吹雪で見られるわけない)、宿まで4号で移動するのだ。1号に乗って藤崎で止まったらどうするのだ。比較的近くて栄えている弘前という街までタクシーで移動して宿を探すか?

いや、藤崎で止まるとも言い切れない。一体どこで止まるかなんてわからない。もはや、止まることを前提に考えている自分がいた。

不安になり、JR東日本お問い合わせセンターに電話してみた。意外にもすぐオペレーターに繋がった。

「今のところ1号は動く予定でございます」「4号にも乗るんですけど…」「4号も、今のところは動く予定ですが…このあとの天候によって止まる場合もあります」「ですよねぇ」
何も解決しなかった。

そこまで想定したところで、なんかもはや大荷物抱えて子連れで行き当たりばったりの対処をするのはめちゃくちゃキツい気がしてきた。できなくはないが、やりたくない。

出発予定時刻ギリギリまで悩んだが、出発予定の駅まで吹雪の中車で行くことすらイヤだったので、今回は諦めようと決めた。

運がない母

リゾートしらかみの指定席券は、旅行の1ヶ月前の朝10時から購入できる。もともと旅行を予定していた日の1ヶ月前、私は余裕をぶっこいて15時に悠々と「えきねっと」をチェックした。
……いっぱいだった。

予想以上の人気に恐れ慄(おのの)き、旅行予定日を変更し、今度は事前予約で挑んだ。旅行予定日1ヶ月前の10時から自動的に抽選してくれるシステムがあったのだ。先に言うといてくれるか。

それによって、無事全日程の切符が買えた。といっても、2日間でリゾートしらかみには4回乗る予定だったので、4回に分けて予約・入力・確認する作業はなかなか骨が折れた。

それだけに「切符をとるためにあんなに頑張ったのに、ムダになるのかぁ…」とせつない気持ちになった。

田舎の小さな最寄り駅にはみどりの窓口がないので無理だろうとは思いつつ、払い戻しの相談をするためにもとりあえず車で駅に向かった。

すると吹雪は止み、なんなら雪すら止み、雲が晴れて陽まで射してきた。完全にあざ笑われている気がする。
「これなら行けたんじゃ……」という思いがよぎっては、「いやもう決めたし!!」とかき消す。

そもそも、なぜ、よりによって、ピンポイントで旅行予定日にこんな天気で電車が停まるのだ?シンプルに運が無さすぎるし、天にあざ笑われ弄(もてあそ)ばれている気さえする。

天、と書いたのは、なんとなく日頃の行いとかそういうのを見られている感じがしたからだ。と書くと人に言えない悪行をしちゃってるやばい奴みたいになるが、実際に性格はどっちかというと悪いので否定はしない。

日頃の行いが悪いから運もないし電車も停まるのかもしれない。日頃の行いが悪くて電車を止めてしまう母で、娘に申し訳ない。一度滝行(たきぎょう)でもして煩悩をゼロにしてみたい。

電車がダメならバス乗りな

小さな駅で駅員さんにハンコを押してもらい、払い戻しまでの期間は1年間有効とのことでひと安心した。みどりの窓口があるような大きい街に行ったときに、ついでに払い戻せばいいのだ。電車が止まったわけではないので手数料はとられるが、そこは仕方ない。

家に着いて、空白になった今日と明日をどうやって過ごそう…と考えた。吹雪の中家から出たくはないが、一日中家で娘と遊ぶのはとにかく骨が折れるし、平日毎日引きこもっている私は週末ぐらい外に繰り出したい。気分を変えたいし、美味いご飯も食べたい。

そして閃(ひらめ)いた。電車はダメでも、バスなら動くのでは?と。

隣町から、岩手県盛岡市というまあまあ栄えた街まで高速バスが出ている。乗ったことはないが、予約不要で乗れるという情報は知っていた。

我が家から盛岡はまあまあ遠く高速代もまあまあかかるため、年に1〜2回しか行く機会がない。しかし、バスなら運転することなく勝手に運んでもらえる。ファミリー御用達(ごようたし)のイオンモールにも停まるので、時間はなんぼでもつぶせる。電車の代わりにバスで娘の乗り物欲も満たせる。荷物はほどいてもいないので、このまま流用して泊まれる。こりゃ決まりだろ、と思った。

そこで盛岡で今日の空き部屋がある宿をざっと検索すると、和室はゼロだったが朝食のみがつくビジネスホテルなら何件も空いていたので、いける、と判断した。夜は食べに出るなり買っていくなりすればいい。

本来なら温泉宿で海鮮バイキングの予定だったので私にとってはだいぶグレードが落ちてしまったが、娘にとってはどっちでもそう変わりはないのがまだ救いだ。生物(なまもの)は食べないし、そもそもバイキング経験なんぞないし。

私は普段は行き当たりばったりというより、むしろ事前にガッチリ計画を組んで動くタイプなのだが、それもAプランがダメだった場合に備えてBプランも同時に組むほどなのだが、なぜかこういうときの行動力はある。

その足(というか車)で隣町の駅へビューンと向かった。
憎らしいほど空は晴れていた。

駅へ入ると「…奥羽本線◯時◯分発◎◎行きは、強風のため40分遅れで◎◎駅を出発しております…」というアナウンスが聞こえた。五能線以外もヤバいではないか。やはり電車をやめて正解だった。

窓口で高速バスのチケットを購入したいと申し出ると「高速道路が止まっているので遅れますが、よろしいですか?」と言われた。

バスでもダメだった。
でも、止まるわけではない。運行してくれるだけありがたいではないか。

君たちはどう過ごすか

田舎の駅に屋内のバス待合所などなく、真冬日、つまり氷点下で強風が吹きすさぶ中バスを待った。寒すぎて笑えた。

遅れてきたバスにやっと乗り込むと、ほかの乗客は7〜8人程度。田舎にしちゃ本数が出ているバスだし、意外と乗ってるんだなと思った。

高速PAでトイレ休憩。車内が暑いので外が涼しく感じる。

通常時で2時間半の道のりである。そもそもリゾートしらかみに乗れば、片道3時間を車内で過ごす予定だった。3歳児がどうやって3時間も、飽きずに過ごせるというのか?それは大きな課題であった。

練習のため、今日この日までに2回、1時間〜2時間程度電車に乗って旅をしたが、そもそも娘は大声で騒ぐようなタイプではない。声はでかいしゲラだがそれは家や保育園での話で、公共の場ではおとなしく、ちゃんと聞き分ける。私の教育の賜物(たまもの)と言えれば素敵なのだがそんなわけはなく、元々の性格が引っ込み思案でマイペースなだけである。なので電車で困ることも特になかった。

騒がないとはいえ、それでも暇つぶしグッズは必要だ。お菓子、ジュース、絵本、お絵描きセットはもちろん揃えた。しかし、それだけでは足りない。思い切って、タブレットに動画をダウンロードして持って行くことにした。

なぜ思い切ってなのかというと、娘が1歳頃、Fire TVでYouTubeを見せたら永遠に動画を見続ける中毒のようになってしまい、それがイヤすぎてTVごと撤去しそれ以来まったく動画を見せていなかったからだ。パパ(元夫)の家に遊びに行ったときはちいかわやドラえもんやクレヨンしんちゃんを見ているようで、たまにそんな話をしてくれる。

飛行機で映画見るみたいなもんで、今回は旅行=特別だし、どうせ限られた量しかダウンロードできないのだから見すぎることもないだろうと2時間半分くらいの動画を入れた。

なおタブレットが古すぎてメモリ16GBしかなく、その上OSとシステムで8GB消費しており、アップデートから始めて不要なアプリを全削除して容量を空ける作業だけでかなりの時間を費やした。私は何をやっているのか。

最初は景色を見、ジュースを飲み、飴を舐めてご機嫌だった。眠そうな様子もなかった。ギリギリまで引き伸ばしたあと、満を持してタブレットが登場すると、娘は目を輝かせた。

大好きなちいかわ

ちいかわ、バーバパパ、ポケモン、ドラえもんまで見るとさすがに疲れた様子で、休憩させた。バスはなかなか着かず、盛岡へ向かう山の中はずんずんと大粒の雪が積もってゆく。出発から3時間が過ぎようとしていた。

ドラえもんカートでGOGO

イオンモールは子連れファミリーの救いの場だ。子どもを遊ばせる場所があり、キャラカートが充実し、フードコートがある。駐車場は無料で、そうそう停められないということもない。赤ちゃん連れのときには授乳室や赤ちゃん休憩室、体重計や身長計がありがたく、フードコートに赤ちゃんをかぽっと座らせて離乳食をあげられるタイプの椅子があるところなら歓喜であった。

3歳の今時分になると、通常のトイレと別に子ども用トイレがあるのがありがたい。この子ども用トイレというやつ、出かけた先で置いているところは滅多にない。普段は大人用便座に持ち上げて座らせて押さえて用を足させているので、その労力がないだけでも助かるのである。

ここまで子ども向け施設が充実していて、なおかつこんな辺ぴな田舎にも展開しているのはイオンモールぐらいだ。知らんけど。

娘はさっそく、ドラえもんが描かれたカートを見つけて乗り込んだ。この「キャラくるカート」という代物(しろもの)、当たり前だが子どもができて初めて知った。ミッキーにトーマスにアンパンマンと、多くのラインナップがある。押すのは重いし、でかくて通路はともかく店内は歩きづらいのだが、買ったものや自分の荷物を積めるのは便利だ。なにより娘が喜んで座っていてくれるのは助かる。

なお使用期間が48ヶ月までと記載されており、あと半年でお役御免だと……そのあとはどうしたら……と今から震えている。

あれは娘が1歳前後くらいだったか、離婚前に家族3人でどこかのイオンモールへ行った。当時は、娘はカートに黙って座っていられる状態ではなかった。歩きたがったら下ろし、抱っこをねだられたら抱っこし、座りたがったら座らせ、うんちしたらおむつ替えに連れて行かなければならない。

こちとらたまのイオンモールに来たなら、少しは自分の買い物をしたい。しかし、娘を連れていては自分の見たい店を好きなだけ見るなんて夢のまた夢。そこで、元夫に「私に私の時間をおくれ」と頼んだ。

300円均一のお店を見てから、安いチェーン店でジャケットを買った。その間にも、カートを乗り回す2人と何度もすれ違った。諦めて、2人の元へ戻った。15分か20分ばかりの、儚い自由。

今は、2〜3つの店をゆっくり見られるぐらいは娘も待てるようになった。むろん、あそこで遊びたいジュースが飲みたいと言われれば連れていくのだが、そのほかに自分の用事を済ませられるなんて、あの頃を思えばなんて素晴らしいことだろうと思う。

イオンモールの生ジュース屋さんが好きです。
一緒にスイーツも楽しめちゃう。甘友。

バスに向かって走れ

イオンモールから盛岡駅までシャトルバスが出ていた。これに乗り、駅からホテルへ向かう算段だった。

1時間に1〜2本程度なので、ちょうどいい時間を見計らって乗ろうと思っていた。本屋で絵本に没頭する娘を連れ出し、トイレに行ったあと、コインロッカーに入れたスーツケースを出して身支度を整えバス乗り場へ向かう。
……予定だった。

トイレでふと携帯に目がいき、画面に映った文字を見て呼吸が止まる。

現在時刻、17時20分。
シャトルバスの発車時刻、17時25分。

25分出発のバスに乗るのに、20分現在まだトイレにいる…だと?
どうやら、私が思ってた以上のスピードで時計が進んでいたようだ。
え、あかんやつちゃうのこれ?

改めて説明するまでもないが、イオンモールは広い。イオンにもいろいろあるが、ここはイオンモールなので、ばか広い。なおバス乗り場は、外である。

用足しもそこそこに私はトイレを飛び出してコインロッカーに走り、スーツケースを取り出して、娘に上着を着せ自分の上着はスーツケースに引っ掛けて外へ飛び出した。バスに乗るまでの数分なら長袖1枚でも耐えられるだろう。

今はこれを着ている時間すら惜しい……そう考えたのだが、普通に外は吹雪の極寒で、バス乗り場が見えてきた頃には私はもう震えていた。明らかに季節感を間違えた、場違いな女がそこにいた。

とはいえ、なんとかバス乗り場には辿り着いた。待ち人が5〜6人おり、バスはまだきていない。あーよかった、間に合ったと娘と言い合い喜んで、胸を撫で下ろした。焦り倒している母を横目に、ノリノリで走ってくれた娘に感謝した。

冷静に考えれば、このバスを逃してもそのあとにもバスはあったし、駅まで大した距離ではないのでタクシーを使ってもよかった。

べつにシャトルバスが無料だから、どうしてもこうしても乗りたかったというわけではない、わけではないが、それでも、1000円2000円タクシーに払うよりは無料シャトルバスに乗りたいし、間に合うなら間に合う時間に乗りたいと思ってしまうのである。人間だもの。

それから数分待ったが、バスは来ない。
おや?と思う。

25分出発のバスに乗るために20分に飛び出してスーツケースを取り出したりなんだりかんだりラジバンダリしたのに、数分の猶予があるだろうか?

落ち着いてまわりを見渡すと、斜め前方にでかいバスが停まっているのが見えた。いや、正確にはずっと視界には入っていたが、自分には関係ないものと認識していた。思い込みとは恐ろしい。

落ち着いて見てみたら、それこそがシャトルバスな気がしてきたのである。

私は悪い目を凝らした。

……やややっぱり書いてる気がする!駅行きシャトルバス的な文字が!!

ていうかイオン色してるし(決定打)

「ごめんやっぱあっちだった!!」と娘に向かって叫び、また走り出した。

ショルダーバッグとリュックとスーツケースを抱えたこの子連れ40女、また走るのか。客観的に見てもやばいだろと思う。

鬼の形相でバスに向かって走り、運転手さんに血眼(ちまなこ)で手を振ると、プシューと扉が開き「そんなに急がなくても大丈夫ですよ(笑)」と言われた。

一瞬は救われた気持ちで清々しかったのだが、そのあとに申し訳なさと恥ずかしさがどっと襲ってきた。まあまあな人数がシャトルバスには乗っていて、私のアホ行動の一部始終をおそらく目撃されていたからである。通路を抜けていくこの気まずさよ……。

こんな時は、何事も起きてませんが?という顔をして娘と世間話をするに限る。1人じゃなくてよかった。

無事駅についてバスを降り、ふと娘を見たら、帽子をなくしていた。
走らせたからね……ゴメン…………

初めてのホテルそして温泉

駅からホテルまでは1kmほどあった。大人の足では大したことはないが、お昼寝ゼロ分(ふん)で1日遊び倒した3歳児がいる。普通なら疲れと眠気のダブルパンチを浴びてノックダウンしていてもおかしくない状況である。

歩けるのか…?と思いつつ、さすがにタクシーで乗り付ける距離でもない気がしてそのまま歩き始めた。

どっかどっか雪が降っている。地元より全然降っている、どういうことだ。
私はコートのフードをかぶっているが、娘には帽子がない。本人は何ら気にしておらず相変わらずはしゃいでいるが、母は罪悪感でいっぱいである。

ここにドンキがあったなら間に合わせの帽子ひとつも買えたんだけどなぁ〜、と心の中で言い訳するばかりだ。

そのくせ呑気に写真を撮っているのだった

都会に住んでいる人が改めて思うことはまずないと思うが、田舎者にしてみると、都会の歩道は道幅が広くて歩きやすい。しかも、盛岡は歩道の中央だけきれいに雪が融けているので、融雪装置が働いていると思われた。歩きやすいし、スーツケース引きやすいし、ありがたい。あと、街が明るいのも安心感があって良い。

疲労と空腹に襲われ始めた。何なら眠気すら感じる。前も見えないほどの雪の中、歩みを止めることが恐ろしい。このまま遭難してしまいそうだ(勘違い)。娘だけがまったくバテることもなく、元気である。

本日の寝床

なんとか遭難せずにホテルへ辿り着き、ダブルベッドの部屋へ落ち着いた。
1人暮らしの家にありそうな机よりさらに小さい机に、買ってきた2人分の弁当を広げる。隣で娘は目をこすりはじめ、今にも寝そうである。子どもの電池切れはいつも突然。

「お風呂入んなきゃいけないから頑張って!!」と励まし、お弁当を食べた。娘は半分も食べず、残りを私が平らげた。産後の母親が太る原因はここにあります。

電車同様、温泉の練習もしてあった。私は心配性なのである。
地元の日帰り温泉に初挑戦したとき、娘は不安がってスライムのようにぴったりと私から離れなかった。そして5分ほどお湯に浸かったところで「もう出るぅ…」と言って終わった。

まぁ、3歳児にとっての温泉などそんなものだろう。家のお風呂のようにおもちゃがあるわけでもない、何が楽しいねん?という感じに決まっている。

ホテルには、最上階に露天付きの温泉がついていた。これこそが今日の宿の決め手である。
独身のころ、私は温泉が好きであった。しかし子どもが生まれてからこの3年、ご無沙汰していたわけだ。
入りたいのである、温泉に。癒やしたいのである、疲れを。

地元の温泉よりずっとキレイな設備だった。年齢層も地元の温泉よりざっと30歳ほど若かった。娘はスライムからカンガルーくらいになり、いつもの調子を出し始めた。

ただ「おしっこしたいけど、がまんしてるの!!」とよく響く声で言われたときは焦った。「こ、こ、この子はおむつ外れてます!コントロールできます!お湯の中でおしっこしたりしません!」と説明したかったができないので、お客さんが理解ある人たちであることをひたすらに祈りながら、すっと浴槽を離れた。

隙間を埋めさせて

お風呂上がりのアイスをしっかり食べ、歯磨きをしてベッドにころりんした娘は、20時前にぽっくり、違った、すーっと寝てしまった。お昼寝ゼロ分なのだから当然である。

お待ちかねの自由時間が来た。私はいそいそとつまみと缶チューハイを取り出し、持参した本を読み始めた。

しかし、部屋はひとつ、娘は寝ているので枕元以外真っ暗である。小一時間で本を読み終えたあと、やることもない。テレビはもともと見ないしパソコンもない。携帯でKindleを読んでもいいのだが、身体は疲れていて休みたい気持ちはあったので、とりあえず目をつぶって数十分ごろごろしてみた。だが、

・枕が硬すぎる
・ダブルベッドで娘が動きまくって揺れる
・暑い(温泉効果でぽっかぽか)

以上の理由でまったく寝付けない。
体は疲れているのに脳が興奮して寝られない、という状態は誰もが経験があるのではないだろうか。アレである。1時間ほど目をつぶり続けたが寝られないので、携帯でこのnoteの下書きを書き始めた。

すると突然、ドスン!!という音とともに、娘がベッドから落ちた。

と同時に、あ、やっぱり落ちるのかぁ。とどこかで思う自分がいた。

毎日布団で寝ててごろごろ転がりまくってるんだから、ベッドじゃそりゃ落ちるわなぁ。そりゃもう確率でいったら9割は落ちてもおかしくなかったはずだ。なんとなくの期待感で対策をしなかった母が悪いのである。娘よ、すまん。

というか、この事態を懸念してそもそも和室を選んでいたし(※元々泊まるはずだった旅館)、今日も探したが、空いていなかったのだ。
懸念していたなら対策しろよ。母が悪い。娘よ、すまん。(2回目)

すぐに抱き上げたが、ワンテンポ遅れて「…ぅあーーーーーん」と泣いた。ゆうても今この瞬間まで寝ていたので、何が起きたか本人はよくわかっていないだろう。実際、すぐにまた目を閉じて眠りはじめた。

しかし、また同じことが起きるかもしれないと思うと、私のほうは気が気でなくなった。そう、SHINPAI★SHOWだからだ。

片側には私がいるので壁になれるが、もう片側はどうしよう。窓とベッドの間に30〜40cm程度の隙間があり、娘ならおむすびころりんのおむすびくらいの気軽さで落ちてしまえる感じだった。

いっそベッドと窓側の壁がくっついていたら、寝る前に気づいていたら!と悔しがっても後の祭りである。
隙間を、埋めるしかない。

部屋を見回してちょうど障害物になれそうなものが、スーツケースしかなかった。
なのでとりあえずスーツケースを置いてみると、幅はちょうどよく隙間を埋め、高さは少しだけベッドより上になったので、寝返りを打った娘の手や体が当たり「ここに何かある」と無意識下で感じさせるには十分な塩梅に仕上がった。しめしめ。

さらにぶつかったときの無機質感や衝撃を減らすため、使っていないバスタオルで上部を包みこんでみた。なかなかいいではないか。真っ暗がりで一人で何をやってるのだ?と冷静になったら負けなので考えないようにした。

娘の寝相なら足でどっかりスーツケースを蹴って下方へ転がし、結局ベッドから落ちてしまう可能性は否めないが、とりあえず今できる対処法がこれしか浮かばなかった。頼む、これで朝までもってくれ。

結局3時頃まで脳は興奮したままで、2〜3時間うつらうつらと浅い意識の中夢を見た。いつもどおり、ろくでもない夢だった。

たっぷり11時間寝た娘は元気いっぱいで起きた。ベッドからも落ちず、何よりである。
どこでも寝られるのは父親に似たようだ。心配性の母に似ることなく、娘にはなるべく鈍感にたくましく生きていってほしいと思う。


1日目を書き終えただけで9793字に到達してしまったため、2日目は次回へ続く。


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