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「食器は料理の着物」


『食器は料理の着物』


明治、大正、昭和にかけて美食家・料理家として名を馳せ、その料理を盛るための器まで自作し漆芸家としても活躍、「織部焼」の重要無形文化財保持者に指定されるも辞退した人物、北大路魯山人(きたおおじろさんじん)の言葉だ。


彼の作品の現物を見ると惚れ惚れしてしまう。その器に飾られる花も、料理も、さぞかし見る者の心をあっという間にさらってしまうのだろう、そんな素敵な作品ばかりだ。



しかし華やかで美しい作品とは裏腹に、魯山人の性格はかなり気難しく決して万人受けするようなものではなかったようだ。


彼が中村竹四郎と共同で手掛けた「星岡茶寮」という会員制料亭は、当時政財界でステータスのある料亭として人気を博したが、どうやら魯山人はいろいろと問題を起こし、反発勢力のクーデターもあり、中村から解雇されてしまった。


彼の性格をねじ曲げてしまったのはどうやら彼の幼少期の境遇にあるようだった。



魯山人は、実母の浮気相手との間にできた子であり、父親はそれが原因で自殺、その後母親は失踪し魯山人は捨てられてしまった。


これだけでもかなり人生のスタートとしては難易度が高いが、さらに養子に入った家も転々とし「お前はうちの子ではない」と罵られ、彼は家の中での待遇を少しでも良くするために小学校に入学した頃から3食の食事の支度を買って出た。


彼はメキメキと料理の腕を上げ、次第に料理を作るための器も自作するようになっていった。


「焼き物を作るんだって、みなコピーさ。なにかしらのコピーでないものはないのだ。ただし、そのどこを狙うかという狙いどころ、まねどころが肝要なのだ。」


一流の作家たるものでも、その美学を加えると「コピー」も「コピー」ではなくなる。彼の審美眼はずば抜けていた。


「真に美なるものは、かならず新しい要素を多分に有するのである。真の美なるものは、いつまでも新しいのである。」


魯山人の作品からは「食」に対する美学が滲み出ている。


時が流れても、古臭さを感じない、彼の器は本物だ。


足立美術館に「魯山人館」がオープンし、彼の作品の多くはこちらでお目にかかれる。

足立美術館には他にも、横山大観の作品も多く所蔵されており、なによりもその景観がとても素晴らしい。


人工と自然の見事な融合、、

近くによる予定のある人はぜひ、一見の価値ありだと思う。



今日はこんな感じ。



では、また!




みっぱ

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