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フランス的な。あまりにフランス的な…

〈あなた、きれいだわ。笑うと、特に素敵〉
 平日16時、スーパーのレジ。私の前に並んでいた、インテリ風お洒落のちょっといかしたお姉さま(年の頃、50歳ちょっとと見た)が、つぶやいた。〈あら、そんな…。メルシ、マダム〉
 いわれたレジのお姉ちゃんはくすぐったそうに肩をすくめ、にんまり。そりゃ、そうだ。〈きれいよ、素敵よ〉唐突にそんな言葉をかけられて、うれしくない女なんていない。しかも゛同性に゛だもん。口説き目的でもなんでもない(確率的には低い)、純粋な誉めことば、そう思うじゃないの。いいわねぇ、こういうの。素敵だと思ったら、さらりとそう告げてあげる。きちんとことばにして。私も見習おう…!!
〈さよなら〉
 颯爽とレジを去ってゆく、インテリ姉さんのクールな後ろ姿を見送りながら、そう誓った。そうしてパンや牛乳―、ほらよっと放られる品々を必死に袋詰めしつつ、目の前のレジのお姉ちゃんをこっそり眺め見た。先ほどの位置からはよく窺えなかったけれど、インテリ姉さんが敢えて口にするくらいだもの、さぞかしチャーミングな人に違いない…って、あれ? いえいえ、もちろん可愛らしいわよ。だけど…いたって普通。ううん、普通というか…これで愛想がよかったら、充分にチャーミングになり得るだろうけど、だ・け・ど! 普通は客ごとに交わされる〈Bonjour=いらっしゃいませ〉の挨拶もなかったし、商品の扱いもちょっと雑っぽいし…。いや、どちらかというと無愛想よね? で、ピンと来た。ハハ~ン、さすがはおフランス!恐るべしエスプリ・フランセーズ!!
 インテリ姉さん、愛想のアの字もない、ぶすっとしたレジのお姉ちゃんに敢えてお世辞(この場合、嫌味ともいう)をいってのけたのだ!しかも〈笑うと、特にきれい〉と、暗に笑顔を促す呪文まで紛れ込ませて!なんて高等テクニック!!ブラボー!あっぱれ!やるな、姉さん!!

 こういうの聞くと、うれしくなってにやにやしちゃう。ちょっとブラック・ビターな香りのするユーモアは、私の好物。ほんの少し、塩を振って泡立てた生クリームがより甘く感じられるのと同じで、わずかなアイロニー、観察者的引きの視点は可笑しみを引き立て、笑いを引き締めるものだと私は思う。(適量が難しいけれど!)
 そうよねぇ。この人、愛想悪いなぁ…って、まともに反応したって疲れるだけだもの。そういう時はいたって超絶的な態度で〈あなた、素敵よ…〉と、こちらから優雅に手を差し伸べてやるべきなのだ。何なら、花の一輪も手折ってやるくらいの寛大さで。毒にも薬にもなる、すれすれのラインをしずしずとつま先立ちで進み、〈どうぞ…〉と花を贈ったら、ハイ、さようなら。くるりと踵を返すのよ。手渡されたのが、つい今しがた摘まれたばかりの香り高き天然の薔薇なのか、実は合成香料・着色料たっぷりの薔薇モドキ、もしくは嗅いだら最後の毒花なのか―。気づくも気づかないも、そこはもう相手のストーリー。大事なのは、相手の態度に巻き込まれないこと。相手がどうあるかと、そこに私がどう反応するかは、また別のお話。人生、ちょっと抗議したくなるようなことが起こったとしても、あり方、伝え方は選べる。つねに正面きって意見を述べなくたって、ユーモアの中にこっそり毒をにじませ、洒落込むことだって出来るのだ。ああ、いいなあ。私もそんな、ナナメ上行くいかした中年女になりたいわぁ。


うふふ