見出し画像

ロールキャベツと、勝負セーター

だいぶ途切れながらも、断捨離をしている。
実家には今日、リサイクル業者が搬出に来た。
私も、また取り掛かる。

真っ赤なセーターは、
離婚訴訟で、家裁に出廷した時に着ていた。
口頭弁論当日。
弁護士さんはもちろん、相手も予想通りスーツ姿で、被告席に着くと何やら大量の資料に目を通していた。
私は弁護士さんと並んで原告席に座り、相手とオーダーメイドの洋服店に行ったことなどを思い出していた。
彼はまた痩せたようだ。
だけどしっかり身体に合わせて作ったスーツのせいか、他の服より悲壮感はない。
小さい店の近くに相手の勤務先があり、
待ち合わせをしてお弁当を差し入れしたこともあった。
ロールキャベツのボリュームがありすぎて、少し驚いてから無言で平らげようとしたのがおかしかった。
まだ20代だったのかな。
よく食べる人で嬉しかった。

強迫性障害と診断されてからは、何でもない会話は減り、次に食事が疎かになっていった。
朝食は味噌汁だけでいい。
早く出勤して身の回りの消毒をしたい。
お弁当はもう要らない、置く場所がないから、と。
周りの皆はリュックやカバン、ペットボトルなどを無造作に床に置く、
それらをテーブルに置かれたらもう気持ちが悪くて食事どころではない、ということだった。
出会った頃の勤務先でも、色々な理由で昼食をしっかりとれないことがあると言っていたが、こんな理由だったのかもしれない。
後から符合することは他にもあった。

この日、弁護士さんが控室の足元に置いていた鞄を原告席の卓上に載せた時、
私は咄嗟に、正面に座る相手がどう思うか、と身体が強張った。
相手は、家庭で、自分は当たり前のことを言っているだけだ、と繰り返していた。
そうかもしれない。
でも、私だけではなく子どもにも相手の強制と叱責は及び、それが数年間にもなった。
私は監視されている、と思った。
一緒にいるのは限界だった。

一方の私は、法廷にそぐわない、ずいぶんもこもこしたセーターを着て行ったものだと思う。
何を着ていくのか迷って、真っ赤な色で自分を励ますつもりだったのかもしれない。
そうそう、当時腕を怪我してしまい、伸縮性のないシャツやブラウスが着られなかったのが第一の理由だった。
ようやく思い出す。

養育費を巡る相手の言い分に、そんなことは家裁で通用しないとわかっていても、思わず涙した。
ネットに踊る文言を捲し立てる姿は、ロボットのようだった。
口頭弁論が終わり部屋から出て、控室で今後の打ち合わせをした。
弁護士さんの思わずこぼした一言に、笑う元気も戻って来ていた。
自分は案外図太い、そう思った。

あれは何月だったのか、そんな記憶さえも断片的になっている。
家裁で離婚は認められたが、相手は納得できないと控訴。
最高裁から通知が来て、ようやく離婚が成立したのは、この時から数年後の冬だった。

まだひと仕事が残っているが、
一緒に闘ってくれた、赤いセーターを片付ける。

次に赤い服を買う時は。
もう決めてある。
髪が真っ白になったら赤が似合うだろうと楽しみにしているのだ。
それまでは、まず娘にしっかり食べさせて行かなくては。
娘が自分の足で立ち、食べて行けるように。
食べることが嬉しい人のままでいて欲しい。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?