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【創作大賞2024 恋愛小説部門】#5 サカモトリョウマは4度未来に呼ばれるEpisode5

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☆Episode5☆

    蒼衣が消えて3か月。地方に住む彼女のお母さんが僕のアパートに訪ねてきた。お父さんは既に亡くなっているのは聞いている。何となくしか聞かされていなかったが、蒼衣は僕が一人暮らししているアパートの住所を母親に知らせていたのだった。

 最初は僕が失踪への関与を疑われたが、憔悴した僕の様子に言葉を失っていた。

 この3か月、僕は何とか仕事には行っていたが、ご飯はほとんど食べられていない。それ故に、かなりやつれて痩せてしまった。

 結局、お母さんと共に警察に失踪届を出しに行った。僕だけは本当は彼女の行方を知っている。でも、それを言ったところで誰にも信じてもらえない。

 まさか、令和から820年後の未来にいるなんて。

 『アオイさん』は僕と出逢った時、NEに何年くらい暮らしていたんだろう。30代前半くらいに見えた。それならば5年くらいはNEで暮らしていたのだろうか。

 確か色々あって令和担当に就任したってイサミ局長が言ってたっけ。

 僕は、もう二度と蒼衣にもアオイさんにも会えないんだ……。


 蒼衣が失踪してから更に1か月経ったある休日、僕は自分の部屋のベッドの上で無気力にダラダラと過ごしていた。

 女々しいとは分かっているが、蒼衣とこの部屋で過ごした事を忘れたくなくて、彼女の私物はそのままだし、もちろんシルバーブレスレットもしっかりと腕に付けたままだった。

 数少ない友人達も心配してくれたが、新しい彼女を見つけるなんて到底出来なかった。そして、僕は最後にNEでアオイさんに酷い事を言った事を今更になって悔やんでいた。

 僕にとっては過去の思い出で、その後の彼女との思い出は幸せなものばかりだったが、アオイさん、いや、蒼衣にとって僕との最後の思い出は逆に最悪なものになってしまった……。

 ふと、思った。またNEに呼んでもらえないだろうか。そしたら、彼女にあの時の事を謝ってこの令和に連れ戻すのに……。しかし、アオイさんが令和は需要がなくてヨサンが出ないと言っていた。それに、そもそも僕が呼ばれたのは、あの天然オトメちゃんが172年の設定ズレで、僕と同姓同名のあの偉人、坂本龍馬と間違えて呼び寄せたって言っていたけれど。

 でも、今思えば、もしかして……。

 その時、僕は眩暈がして、更に吐き気がした。『あの時』と同じ感覚だった……。

 「サカモトリョウマ様、ご到着ー!」

 聞き覚えがある可愛い声に、僕は飛び起きた。またベッドごとの転移だった。前回と同じホールだった。

「オトメちゃん!!!」

 オトメちゃんの横には、当然イサミ局長とソウジさんも後ろに立っていた。相変わらずイサミ局長は眼光鋭いし、ソウジさんはヘラヘラと笑ってチャラい。僕は前の時と違って、3人が誰なのかもここが何処だか分かっていたし、何よりも……。

「蒼衣は何処ですか??」

 すると、オトメちゃんの頬が不貞腐れたように膨れた。

「もう! せっかく、オトメがまた呼んであげたのに……」

「あ、そ、そうなんだ。ありがとう、オトメちゃん!」

 その事に関しては、色々確認したい事があったが、それは後回しだ。僕からお礼を言われたオトメちゃんはふふんと得意げに腕を組んでドヤ顔をしていた。相変わらず着物だから違和感はある。

「ふふふ、これでサカモトリョウマ様はオトメに一生頭が上がりませんねーそんなにアオイさんに会いたいですかぁー?」

という言葉に被せるように僕は言い放った。

「当たり前だろ!!!」

 照れている暇はない。僕の勢いに押されたように彼女が少し後ずさった。イサミ局長が咳払いをして僕の前に出た。

「サカモトリョウマ、随分と痩せたというかやつれたな」

「え。あ、そうですかね……」

 蒼衣がNEに行ってしまったショックでやつれたとも恥ずかしくて言えなかった。

「ちなみに、この間、君を呼び寄せた時、あれはオトメのミスではなく、アオイがオトメに頼み込んだという事だった」

 推測通りの答えに僕は頷いた。イサミ局長は困ったように頭を搔いていた。

「アオイも君が帰って仕事に手が付かんようだ。あの優秀な彼女が困ったもんだ……」

 それを聞いて、僕は恐る恐る考えていた事をイサミ局長に申し出た。

「その事なんですけど、僕は蒼衣を令和に連れ帰りたいんです。お願いします!」

「いや、そうはいかんぞ!」

 今度は僕の言葉に被さるように重低音の声が部屋に響いた。部屋の中に重い空気が充満した。

「し、司令!」

 後ろを振り返ったイサミ局長の声に緊張が走った。背がやたら高くて紺のダブルスーツを着た貫祿のある偉そうなおじさんが威圧感たっぷりに部下の3人を見下ろしていた。


 また予定外の僕を呼んだとの事で、司令は部下達に説教をしていた。ここは本当に令和から820年後なのか? もしかして、令和で問題視されているハラスメントも何周も回って復活しているのか。説教は延々と続いた。僕は隙を見て、ホールを出て一刻も早く蒼衣を探しに行きたかったが、抜け出せるような雰囲気でもない。

 オトメちゃんが僕の横で小声で「司令は昭和担当なんですよー」って囁いていた。なるほど、昭和のパワハラ上司って感じか。そこまで忠実に再現しなくてもいいのに。

    司令が僕に向き合い睨みをきかせると、

「アオイは非常に優秀な人材なんだ。もし、仮にでも連れて帰りたいというのなら、それなりの見返りが必要だがね。『今の君』に相応の物を用意出来るというのかね?」

 『今の君』っていうのが引っかかるが、きっと未来の僕と比較しているのだろう。そして、僕のまだ起こっていない未来に関しては、規律かなんかで詳細は口外出来ないというところか。蒼衣も言葉を濁していたしな。

    横からオトメがはいはい!と無駄に元気良く手を挙げた。この子のこういう重い雰囲気に物怖じしないところは素直に凄いと思う。

「サカモトリョウマ様、今回こっちにお呼びしたヒヨウもお願いしますね!」

    フォローしてくれると思ったのに、重しの石を足してきた。僕はガックリと肩を落とす。

「あの……僕は遥か遠い過去から来ていて、こんな未来でお支払い出来るものなんて何も……」

 司令は僕の頭からつま先まで舐めるように見ていたが、ある一点で止まって目が光った。腕にはめていた例のシルバーブレスレットに熱い視線を送った。

「それは、古の金属のシルバーかね?」

 僕は圧に押されて頷くだけだった。

「いや、この「シルバー」だけでは到底足りんな。この宇宙船には大富豪が乗っている。滅亡後の地球で人類が滅亡するのを防いだ英雄の子孫だ。この宇宙船の全ての権限を未だにその一族が持っている」

 すると、司令はイサミ局長の方に何か言いたげにチラッと見やった。イサミ局長も司令の言った意味が分かったらしく、今度はソウジさんにアイコンタクトを送っていた。

「結局、オレっすか!」

 ソウジさんは僕に近づいてきた。僕は彼にパルで睡眠効果のある光を浴びせられたのを思い出して身構えた。

「いやいや、そんな警戒しなくていいから。ようは宇宙船の中の権限は全てその方達にあるから、彼らの気に入るような物を見返りとして過去から持ってこいってこと」

「え、それってつまり」

「元の時代に帰った3日後の夜にまた呼ぶから。ああ、そうそう、持ってくる物は君の身体から常に半径1m以内に置いてね。いつもそれごと転移するように設定しているから……」

 いやいや、何それ!    そして、やっぱりソウジさんはまたパルを使って僕を眠らせた。もう何度目のブラックアウトなんだ、一体……。


 再び令和。

 結局、せっかくNEに呼んでもらえたのに、蒼衣にはひと目も会えずにまた戻されてしまった。

 しかし、蒼衣を令和に連れ戻す事が出来そうだ。それにはどうやらあのNEの宇宙船に乗った大富豪を喜ばれるようなものを持っていかなくてはならない。しかもそれを3日間で用意しなくてはならない。

    正解は未来の僕が知っているが、今、知る事は出来ない。僕は試されているのか。

 あの時、司令が「古の金属シルバー」って言っていた。シルバーよりも貴重な金属といったら、やはりダイヤモンドとかの宝石だとは思う。

 いつ蒼衣と婚約してもいいように付き合った当時から5年間、指輪を買うお金はコツコツと貯めていた。でも、その行動とは裏腹に彼女がいつNEに呼び寄せられるか分からなかったのでプロポーズをする勇気はなかった。

 蒼衣に指輪でプロポーズするつもりが、NEから彼女を取り戻す為の資金に化けるとは……。でも、彼女の為に使うお金ならば後悔はない。

 僕はスマホアプリで貯金残高を確認して、僕の誕生日にシルバーブレスレットを買った思い出の宝石店へと向かった。

 
 宝石店で一番高いダイヤモンドの指輪を購入した。蒼衣の指輪のサイズはシルバーブレスレットを買った時についでにさりげなく教え合っていた。

    さすがに今までこんな高額な買い物をしていなかったので、ジュエリーボックスが入ったギフト袋を渡された時は情けない事に手が震えていた。

 これだけ高いダイヤモンドならば、あの遙か未来の大富豪とやらも満足してくれるに違いない。 

 あと、幕末担当の3人にはお世話になったから、何かお礼を持っていかないと。そういえば、NEにいた時にアオイさんがこの時代には紙が残されていないって言っていた。地球が滅亡した時に全て消失してしまったと。

    もっとも、あの未来で紙でデータを残す必要はなかったからとの事だけれど、幕末の資料があれば幕末担当のみんなが喜んでくれるかも……。あと、そうだな、あの頭の固そうな昭和担当の司令にも。

 僕は古書が売られている街に行く為に電車に乗った。

 早速、幕末と昭和時代の貴重そうな歴史書を店員さんに聞きながら片っ端から買っていった。ダイヤモンドに比べれば安いもんだが、それでも気が付いた時には嵩張って重い紙袋を持つ事になった。

 ダイヤモンドと歴史書を携えて、僕はNEからの呼び出しを待つ事にした。蒼衣を必ずこの時代に取り戻すと固く誓って。


 ピッタリ3日後の夜に、再び眩暈がしてブラックアウトした。何度体験しても慣れない。

 目が覚めると見慣れたホールだった。気になるのはオトメちゃんの雄叫びが聞こえない。辺りを見渡すと昭和担当の司令と知らない人が2人ほど僕の寝ているベッドの周りを取り囲んでいた。

 僕はまた寝ていたベッドごと転移されていた。そういえばソウジさんが半径1m以内全部転移させるって言ってたっけ……。

「もしや、これは天然のモクザイ?? 凄い、初めて生で見たぞ!」

「相変わらず、さすが820年前というべきかしら」

 見た事のない人達、恐らくこの人達が司令が言っていた「大富豪」であり、この宇宙船の権限を全て握っている偉い人達なのだろう。1人のリーダー格っぽい人は例えるなら石油王みたいなベタな風貌だし、もう1人はプライドが高そうな女の人で高級そうな着物を身に着けている。夫婦なのだろうか?  更には彼らの従者っぽい男が付き従っていた。

「おお、サカモトリョウマ君、『久しぶり』だな!」

 石油王が親しげに話しかけて握手を求めてきた。いやいや、僕達初対面と思ったが、『まだ』僕の方が記憶にないだけなんだ。横にいる奥さんらしき女性が石油王の耳元でこそこそを囁いている。

「おっと、失敬。『今回』の君とは初対面だったね」

 彼らは改めて自己紹介して、やはり2人は夫婦で、もう1人の男は見た目通りその従者との事だった。

 あれ? ここって令和から820年後のNEだよね? コント?

 僕は慌ててベッドから飛び起きた。ふと枕元を見るとちゃんとダイヤモンドの指輪が入っているギフト袋と、ベッドの足元には大量の歴史書が入った紙袋があった。良かった、ちゃんと一緒に転移されたんだ。

 大富豪夫婦から一歩引いたところで、司令が僕に呼び掛けた。

「サカモトリョウマ君、約束の物は持ってきたかね」

 どうも、馴染みのお笑いトリオのような幕末担当の人達がいないと落ち着かない。いやいや、これも全ては蒼衣を取り戻す為なんだ。

「はい、これを……」

 僕は、恐る恐るジュエリーボックスが入ったギフト袋を石油王に渡した。

「カミで包んであるのか、これは始めて見るな」

 石油王は物珍しそうに紙を触りながら、包みを丁寧に開けて、ジュエリーボックスも開けた。他の2人も興味深そうに覗き込んでいた。

「ああ、これは……」

 3人の顔からは明らかに失望の色が見えた。石油王はガッカリと肩を落として、僕にダイヤモンドの指輪が入った箱を返した。

「あの……気に入らなかったですか? これでも軽く100万円はするんですけれど」

 そもそも、宇宙船生活のNEではお金という概念が変わっているかもしれないと思いつつも、他に言いようがなかった。すると、石油王の奥さんが進み出た。

「ダイヤモンドは頑丈な金庫に保管していた人が多かったから、地球が滅亡した後でも根強く残っていますの。ほら、こちらもそうですわ」

 奥さんが手の甲を僕に見せるように上げた。確かに指には大きなダイヤモンドの指輪がはめられていた。僕は目の前が真っ暗になった。

「そんな……」

「残念だが、『今回』に関しては許可を出してあげられない。申し訳ないね」

 大富豪夫婦はそれぞれ失望の表情を浮かべたまま、大広間から出て行った。司令も失望に満ちた表情で僕を見やった。

 このままでは蒼衣を令和に連れて帰る事が出来ない……。


 僕はベッドに座り込んで、茫然とダイヤモンドの指輪を見つめていた。こうなったら、令和に連れて帰れないとしても、蒼衣にこの指輪を渡そう。もういっその事、このまま僕もこのNEに住んでもいい。しかし、彼女のお母さんの憔悴した顔を思い出した。

 僕達さえ幸せならそれでいいのか?

 最初にNEに転移させられた時、令和に戻ったらNEで過ごした日数が経過していた事を考えると、もしかしたらNEで過ごした日数分はきっちり上乗せして元の時代に戻さないといけないという規律があるのかもしれない。

 だとすると、蒼衣がNEで過した年数をなかった事にして、失踪した時点に帰る事は出来ないのだろう。彼女はNEで5年という歳月を過ごして年を取っているし、当たり前といえば当たり前か。

「……サカモトリョウマ君」

 いきなり大広間に圧が充満した。司令がまだいたのをすっかり忘れていた。慌てて立ち上がって返事をすると、司令が僕のベッドの足元にある例の歴史書が入った紙袋を指差していた。

「あそこにあるカミブクロはなんだね?」

 もう、今はそれどころではないが仕方がない。

「えーと、お世話になった司令と幕末担当の方々にお土産です」

 どちらかというと、司令はおまけだったがわざわざ余計な事を言う必要はない。

「オミヤゲ? 私にか?    もしや……」
 
 司令が興味深く紙袋を見ていたので、僕は紙袋の中から彼が担当だという昭和時代の歴史書を出しておずおずと司令に渡した。

「おお!! こ、これは……」

 それから司令は歴史書の中身を読むのに夢中で、僕は完全に取り残されてしまった。そして、2、3冊パラパラとページを捲りながら読んだところで、司令は慌ててパルを出した。誰かに連絡している様子だった。

 数分後、先ほど大広間から退出したはずの大富豪夫婦が戻ってきた。


 大富豪夫婦は、歴史書を血眼になって読みふけっていた。

 まさか、ダイヤモンドの指輪よりも歴史書の方が関心を持たれるなんて……。金額からいえば、ダイヤモンドの10分の1にも満たないのに。

 石油王が何冊か読んだ後、僕の前に進み出た。僕は驚いてたじろいたが、何とか踏みとどまった。

「サカモトリョウマ君、初回の『今回』はたまたまだろうが、正解に辿り着いたか。君は運がいい。よかろう、この歴史書を全て譲り受ける。アオイ君の件に関しても許可しよう。タイムスリップのヒヨウもな」   

「ほ、本当ですか!!! ありがとうございます」

 嬉しさのあまり、僕は勢い良く彼の両手を握った。石油王は鷹揚に笑っていた。横では奥さんも一緒に上品に微笑んでいる。何だ、この人達、良い人じゃないか。 

   司令の方を見やったら、ちょっとだけ不満そうな顔をしていたが、特に反論はしなかった。それだけ、この大富豪夫妻がこの宇宙船では絶大な権力者って事なのだろう。

 僕が感激していると、既に聞きなれたアニメ声が部屋に響いた。

「サカモトリョウマ様、良かったですね! それに、この貴重な歴史書が手に入ったのも、回りまわっては『あの時』オトメがミスったお陰ですよー」

 ホールにはいつの間にかドヤ顔のオトメちゃんとソウジさんが姿を見せていた。その後ろから呆れたようなイサミ局長の言葉が続いた。

「屁理屈叩くな! 回りまわり過ぎだろう。あれに関しては、たまたまお前のいつもの有り得んミスがたまたまこういう形になっただけで……ああ、ややこしい!」

  オトメちゃんとイサミ局長のやり取りを聞いて、僕は思い出した。令和で蒼衣と会った時に「未来の僕に助けられた」と言っていた。きっとそれに何か関係が……。そんな思考が悲鳴にも近い叫び声に中途半端に遮られた。

「涼真君!!!」

  それは、僕が寝ても醒めても聞きたかった声だった……。

 Episode6へ続く


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