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【創作大賞2024 恋愛小説部門】#4 サカモトリョウマは4度未来に呼ばれるEpisode4

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☆Episode4☆

   朝、目覚めたら頭と身体が異様に重かった。

 長い変な夢を見ていたような気がする。地球が滅亡した遙か未来とか、何故か年上美女と恋人同士になったりとか。

 今思えば確かに奇想天外なTHE夢って感じだ。令和から820年後なんて。

 カレンダーを確認したら、日付がNEに滞在していた分、きっちり経過していた。未来に呼び寄せる事が出来るのなら、あのブラックアウトした翌日に帰す事は出来なかったのだろうか。お陰で大学の講義も一週間ほどサボってしまった事になる。幸いな事に僕は4年だから講義はほとんどないからいいけれど……。

 そういえば、イサミ局長とソウジさんが揉めていた例のシルバーブレスレットも結局は僕の手にない。

 僕は夢と現実の狭間で大混乱していたが、家にいても現実には戻れなさそうだったので、重い頭痛を抱えながらも、大学の講義を受けに電車に乗ってキャンパスへと向かった。

 ボーっと考え事をして歩いていたせいだろうか、何人かの通行人に軽くぶつかっては謝ってを繰り返していた。

 たまらず、大学の最寄り駅で降りた後に、ベンチでひと休憩取る事にした。そういえば、イサミ局長がタイムスリップは身体に非常に負担が掛かるって言っていた。まだタイムスリップ後のダウンタイム的なダメージが残っているのだろう。頭だけではなく身体もかなりダルく重い。思わず頭を抱え込んでしまった。

「あの……大丈夫ですか?」

 気だるかったが、目の前の女性の声に思わず顔を上げると……。何処かで見た事ある顔が……ん……まさか。

「ア……アオイさん???」

 あの30代に見えたNEのアオイさんよりは、少しだけ若返って僕と同じくらいの年に見えたが間違いはない。 

「やっぱり、涼真さんだった。『また』会えて嬉しいです」

 また会えて嬉しいのはこちらも同じなのだが、アオイさんが少し若返って、しかも僕の事を「さん付け」している。敬語だし。これは何だろう……。今は頭が全然回らない。

「大学の時にこの駅を使っていたって聞いていたから、思わず会えるかなと思って居ても立っても居られなくて来ちゃいました」

「えーと……」 

「ああ、色々訳分からない事を言ってごめんなさい。会えたのが嬉しくて」

 当然、僕は若かろうが、少し年を取っていようがアオイさんには令和では会った事がない……はずだった。

「ごめん……僕には、その……『まだ』記憶になくて」

 未来のアオイさんには会ったけれどという言葉はひとまず避けた。まだ彼女の身に起きていない出来事を伝えるのはまずいだろう。

「ふふ、いいんですよ。それより、せっかく会えたからまずはお礼をしたいんでカフェにでも行きましょう!」

 アオイさんは僕の腕を掴んで、先導するように歩き出した。NEでもアオイさんに腕を掴まれた事を思い出して、少し胸が痛んだ。


 やはり、僕がNEで出逢ったアオイさんだった。

    令和での名前は、水野蒼衣(みずのあおい)というらしい。そもそもNEでは苗字という概念がなかったみたいだから、アオイと名乗っていたのだろう。

    しかし、話を聞いてみると、どうやら彼女がNEで出逢った僕は未来の僕らしい。どういう事なんだろう。あの時のアオイさんは明らかに僕よりも年上だったのに。

 つまり、このアオイさん……いや、蒼衣さんはあのNEで歴史検証課の令和担当になる前って事でいいんだろうか?

    彼女は、僕の大学からは少し遠いとあるAランク名門私大に通っていた。さすがはあのバリキャリ『アオイさん』といったところだろうか。ちなみに僕の大学のランクはせいぜいCランクといったところだった。

    僕にお礼をする為にわざわざ、この駅に来てくれたらしい。僕は彼女に酷い事を言ってしまったばかりなので、複雑な気分だった。謝りたい気分なのに、お礼をされるなんて……。 

 蒼衣さんは神妙な顔つきで、言葉を選びながら話した。

「この先、涼真さんに起こる事なんで、残念ながら詳しくはお話出来ないんですけれど。『未来の貴方』は私を救ってくれたんです」

「僕が??」

 すると、彼女は力強く頷いた。そして、これ以上は詳しくは話せないからと話を逸らした。

「あの時の涼真さんは落ち着いていて紳士って感じだったけれど、今の涼真さんは私と同じ年だから変な感じですね。初々しいっていうか少し若くて可愛い」

 そんな事を笑顔で言われてくすぐったかった。それを言うなら、僕がNEで会った君も今よりも大人の女で……とは言えなかった。

 僕は、『アオイさん』にまた会えたのが単純に嬉しかった。酷い事を言ってしまった罪悪感はもちろんまだあるけれど、この蒼衣さんには今のところ関係がない。

 僕達は直ぐに連絡先を交換した。女性経験皆無な奥手な僕からは言い出せずに、彼女から言ってくれた。その後、何度かお茶をして、食事をして、そして、自然と付き合う流れになった。 

 これは「運命」なのか?

 僕はNEで何も知らなかったとはいえ、彼女に勝手な決めつけをして酷い言葉をぶつけてしまった。一時の勝手な思い込みで彼女を傷つけてしまったのだ。アオイさんは僕とNEで再会して一緒にいる事を望んでくれたのに。

    でも、令和に帰らなければ、そもそもの話、こうして僕と付き合う事はなかったから苦渋の決断で帰したのかもしれない。それとも、本当に愛想を尽かしてシルバーブレスレットを返したのだろうか……。

    僕はもし後者ならと考えたら、罪悪感で潰れそうになった。

    NEのアオイさんがあの別れ際に僕の事を本当はどう考えていたかは全く分からない。そして、この目の前にいる過去の蒼衣さんは未来の僕に恩があって感謝している。

 何だか頭がこんがらがってきた。これが『鶏が先か、卵が先か』だな。 

    でも、1つ確かな事がある。

 NEで別れを告げたアオイさんが、この若い蒼衣さんだとしたら、いずれはNEの時代へとタイムスリップしてしまうのだ。それがいつのタイミングかは全く分からない。僕はその事を考えれば考える度に恐ろしくなった。

 しかし、これだけは言える。

 彼女がNEにタイムスリップするのは必然な出来事であって止める事は出来ない。そして、その時こそが僕達の本当の別れの時なのだ。


 いずれアオイさん……いや、蒼衣と確実に別れる事になる。

 その決定事実は僕の胸に重く伸し掛かった。NEにいつ呼び寄せられるか予想も付かない。そして、僕にはそれを阻止する事は出来ない。

 こんなに辛いのならいっそ別れてしまった方がいいのかもしれない。そんな事を思いながらも、蒼衣とデートして彼女の笑顔を目の当たりにしてしまうとその決意も無になって消えた。

 この事を今の蒼衣に言う訳にもいかない。独りで苦しみを抱えながら、それでも蒼衣と付き合い続けた。

    最初はNEでの別れ際が酷かったらから罪滅ぼしをしようと思っていたが、そんな事は付き合いを重ねると共に二の次になっていって、今の彼女自身を精一杯大事にしたいと思った。

    蒼衣の女性として、そして人間としての魅力に僕はどんどんハマっていったのだ。

    彼女の良い所を挙げたらキリがない。優秀なのに僕を立ててくれる所とか、常に気遣ってくれる思いやりのある所とか、クールそうに見えて情が深くて笑顔が可愛い所とか、その他も数えきれないくらい。僕なんかにはもったいないくらいだ……。

    こんな僕と付き合ってくれた理由は明白だ。詳細は分からないが、やっぱり未来の僕が彼女を救ったのが大きいのだろう。

    そのお陰で僕はこんなに素敵な女性と付き合う事が出来た。ここは未来の僕に感謝してもいいのだろうか。でも、何だか少しズルい気がして気が引けた。

    いや、未来の僕は蒼衣の事を変わらずに愛していて、過去の彼女のピンチを助けようとしたのだろう。それの何処がズルいのか。

   また「卵が先か鶏が先か」になってきたので頭が痛い。今はまだ深く考えるのはやめよう。


    大学を無事に卒業して、僕はそこそこの中堅企業に就職が出来た。蒼衣の方は僕よりも遥かに優秀なので名の知れた大企業に就職した。

 大企業に入社した彼女は破竹の勢いで活躍していた。そのビシッと決まった紺のビジネススーツとヒール姿は、正にNEで出逢った歴史検証課令和担当の有能な『アオイさん』そのものだった。

 それを見て、そろそろ蒼衣との別れが近づいているのを嫌でも悟った。

 それならば、僕があのNEでアオイさんから貰い損ねたシルバーブレスレットが欲しい。

「……君……涼真君!」

 僕の耳元で蒼衣の声が心地よく響く。いつの間にか彼女が僕を呼ぶのに「さん付け」から同級生に相応しい「君付け」とタメ口になっていた。今は僕の部屋にいる。彼女は週末になると僕の家に泊まっていく。こんな生活をする事になるとは、あの高らかに中途半端な夢を叫んだ時からは考えられない。

 彼女がNEで僕好みのコーヒーを入れてくれたのも、当然といえば当然だった。今も入れてくれている。

「来週は涼真君の27才の誕生日よね。何が欲しい?」

 僕好みのミルク少なめの砂糖小さじ一杯程度。湯気が立つコーヒーカップを僕の前に置いて聞く彼女に答えた。

「そうだな、お揃いのブレスレットが欲しい。それで2つに同じ刻印を入れたいんだ」

 すると、蒼衣は嬉しそうに僕に抱きついてきた。

「それはいいわね! 涼真君、これからもずっと一緒にいましょうね」

 その言葉が僕の胸に残酷に突き刺さった。いずれは別れるんだ。でも、仕方がない。蒼衣がNEに行かないと僕と出逢えない。アオイさんが僕を令和に泣く泣く帰したように僕も彼女をNEに送り出さなければならないのだろう……。

   5年間、彼女と付き合ってきて分かった事がある。それは、あのNEの別れ際に何も知らない僕が酷い事を言ったとしても、あの一言だけで見限る訳は決してないという事だ。別にノロケではなく、彼女はそういう懐の深い人なんだ。もちろん、それなりのショックは受けていただろうから、それについては全力で謝罪したかったけれど……。


 僕の27才の誕生日、蒼衣と2人でレストランで食事をした。

 その後に宝石屋で同じシルバーブレスレットを買って、2つに「R&A」と刻んだ。

「いつか指輪が欲しいわね……」

 恥ずかしそうにボソっと呟きながら、僕の腕にしっかりとしがみ付く蒼衣の笑顔に胸が締め付けられた。当たり前だが、ブレスレットのデザインも刻印もNEで転移寸前の時に見たものと全く同じか……。

 そんな事を思っていると、唐突に蒼衣が急に改まった声でしっかりと僕の目を見ながら言った。

「涼真君、ありがとう。貴方には感謝してもし切れない恩があるの」

「何だよ、そんなに改まって」

「前にも言ったでしょ、未来の涼真さんには恩があるって。もちろん今の涼真君にも」

 未来の僕が蒼衣を救った事。詳しくは結局は教えてもらえないけれど。それが良い事だとしても言えないのか。

「あと、感謝の言葉って言える時に言っておかないと後悔しそうな気がして……」

 その言葉を聞いて、僕は変な予感がして思わず彼女の腕を強く掴んだ。

「僕の方こそ、いつも感謝している! 蒼衣、本当にありがとう……」

 感謝は有り余るほどある。

 蒼衣、君に出逢えて5年っていう短い間だったけれど、本当に幸せだった。

 僕は彼女のアパートへと送っていった。彼女は玄関で笑顔で何度も何度も手を振って見送ってくれた。僕はその笑顔をしっかりと胸に刻み込んだ。

 もう彼女はNEに行ってしまうのだろうか?



 次の日、僕の予感通り、彼女は忽然と姿を消した……。 

続く

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