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【創作大賞2024 恋愛小説部門】#2 サカモトリョウマは4度未来に呼ばれるEpisode2

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☆Episode2☆

 僕は今、アオイさんに付いて、何処かの廊下らしき場所を歩いている。静寂に包まれている廊下に彼女のヒールの音だけがカツカツと響く。彼女は30代前半くらいだろうか?  女性に年齢を聞くのは失礼だからあくまでも見た目からの想像でしかない。

 そもそもこの場所は何処なのだろう。令和よりも少なくとも320年以上後という事は、ここは地球ですらないのかもしれない。

「アオイさん……でしたっけ。ここって、もしかして地球じゃないんですか?」

 すると、アオイさんは立ち止まって振り返った。

「そうね」

 彼女の回答は簡潔過ぎて僕は満足しなかった。更に説明があると思って少し待ってみても言葉は続かなかった。

「……貴方はこの時代に来たのは初めてでしょ? 全ての事を受け入れるには多少の時間が必要なの」

「え? どういう事ですか?」

「追々説明するわ。リョウマ君」

 彼女はさっさと背を向けてまたカツカツとヒールの音を響かせて歩き出した。

 全ての事を受け入れるって、もしかしてあまり良くない事なのだろうか? そもそも歴史検証課ってなんだろう。高い費用?を掛けてタイムスリップで過去人を呼び寄せる理由はなんだろう。 

 しかし、延々と続きそうな思考はアオイさんの声で遮られた。

「着いたわよ」

 目の前には電子ロックされているであろうドアがあり、アオイさんが立っただけで開いた。そして、続いて僕が通った後に自動的に閉まった。僕らの時代にもある人が立つと重力を感知して開く自動ドアなのかな?と、思わず振り返ってドアの前に立ってみたが、再び開く事はなかった。つまりアオイさんの何かしらの指示で自分と僕が通る時にだけ開く仕組みになっているのだろう。僕は未来を実感しつつ首を傾げた。


 僕がまるでおのぼりさんのように、まだドアの前で首を傾げていると、アオイさんはまるで子供を見るようにクスッと微笑んだ。ガキ扱いされていると悟って、僕は恥ずかしくてドアから離れた。

「ここが歴史検証課の令和分室。さっきまでいた所は共有スペースであるホール。一番広いのよ」

 正直、さっきはあの3人のコスプレまがいの服装ばかり気になってホールの中の様子はほとんど見られなかった。

 改めて令和分室とやらを見渡すと、ホールと同じで殺風景で無機質な机と椅子があるだけで、オフィスという割にはパソコンがなかった。しかし、奥の方に僕も見慣れたパソコン、タブレット、スマホが展示物のように置かれていたのは「令和分室」だからか。何となく落ち着く。

「それは残念ながらレプリカ。過去の僅かな情報を元に再現しているのよ」

 アオイさんが説明しながら、部屋の奥にあった赤いソファーを指さした。

「そこのソファーにでも座って。今、飲み物でも持ってくるわ」

 僕は部屋の隅にあった赤いソファーに恐る恐る座った。それよりも気になったのが、オフィスという割には部屋には僕達以外誰もいなかった。

 やがて、アオイさんはコーヒーカップを2つ持って部屋の奥から戻ってきた。

「コーヒーは好きなのよ。今の時代には当時の本物のコーヒー豆はないけれど」

 そう呟きながら、アオイさんは僕にコーヒーカップを渡してきた。そのコーヒーはミルク少なめの砂糖小さじ一杯程度。驚いた事に僕のコーヒーの好みドンピシャだった。

「何故か僕の好みの味ピッタリですよ。凄いな未来、入り口のドアと同じで何か仕掛けでもあるのかな」

 そう冗談めいて言うと、アオイさんは何故か悲しげに目を伏せた。

「そう……お口に合ったのなら良かったわ」

 すると、僕の隣に座って、しかもピッタリと身体を密着してきた。

「え……え?」

 さっきまで、どちらかというと事務的で素っ気ない態度だったのに、この距離感ってなんかおかしくないですか? 僕はアオイさんに大人の女の色気を感じてドキマギしながら、誤魔化すように彼女に問いかけた。

「あ、あのですね、令和分室ってアオイさんおひとりなんですか?」

 さっきの幕末担当の人達の賑やかさとは対照的だった。この問いかけにアオイさんの表情は明らかに曇った。

「ええ、まぁ……。歴史検証課って人気のある時代にはヨサンが沢山出て人数も多いけれど、令和はあまり……」

 それっきり黙ってしまったので、僕は慌てた。確かに歴史として華がある戦国や幕末とかとは違い、令和という時代は華がないかもしれない。しかし、それが令和担当のアオイさんの悩みなら無神経な事を言ってしまった。

「な、何かすみません! 嫌な事を聞いちゃって。悪気は……」

 なかったんですと言いかけた時、アオイさんが急に今までになかった情感に満ちた潤んだ瞳で僕の手をしっかりと握った。

「え? ア、アオイさん……??」

 僕の胸の鼓動は分かりやすく高鳴った。女性にしっかり手を握られるのなんて免疫のない僕には刺激が強い。22にもなって情けないぞ、僕。

「そんな事……そんな事は本当にどうでもいいのよ、リョウマ君……あなたが来てくれたから」

 握っていた手の力を更に強めて確かに彼女はそう呟いた。しかし、それも僅かな時でアオイさんは我に返ったように手を離してしまった。

「……コーヒーのおかわりいる?」

 何事もなかったようにアオイさんは、僕の空になったコーヒーカップを指さすので、僕は圧倒されて頷くしかなかった。


 おかわりのコーヒーを飲み終えた後、僕は先程アオイさんが持っていたのと別のパルを持たされた。手のひらに乗るサイズで軽い。

「これね、昔で言うスパコンの何万倍の容量があるの。だから、パソコンなんていらない。ちょっと言葉で指示するだけで、膨大なデータベースから何でも教えてくれるし、何でも出来るのよ」

「へえーすごいですねえ」

 在り来たりな返事だが、他に言いようがない。この辺は僕でも十分に予想可能な未来ってところだ。むしろ、まだ端末に頼っているのかと思うくらいで特に驚きはない。それよりも、どうしてもここが何処なのかが気になった。

「アオイさん、さっきここは地球じゃないって認めていましたよね。ここって何処なんですか?」

 すると、アオイさんは慣れた様子で僕の手をしっかりと掴んで窓際まで引っ張った。いちいち距離感がバグっているよな。これが、このNEという時代の距離感なんだろうか……。

 窓の近くにあるスイッチを押すと、それまでグレーだった窓のガラスが透明になった。

「もしかして……」

   外は真っ暗で数々の星が瞬いている。間違いない、ここは地上ではない。

「そう、ここは宇宙船の中よ。残念ながらはるか昔に地球は無くなっちゃったみたいだから」

 サラッと爆弾発言をされて、僕はさすがに絶句するしかなかった。僕の恐らく青白くなった顔面を見兼ねたのだろう。アオイさんがフォローするように笑みを浮かべた。

「大丈夫、大丈夫、令和から500年後だから!」

「もしかして、西暦が廃止されたのは……」

「はい、ご名答」

 それ以上はアオイさんは何も語らなかった。地球に起こる悲劇を今、実際に住んでいる僕に伝えるのはさすがにマズイと思ったのだろうか。

「となると、今は僕の時代から820年後……」

「良く人類は滅びなかったわよね」

 まるで他人事のようにアオイさんが呟く。

「だからこそ、この時代の人はみんな今は亡き地球に未練があって。祖先が地球で築いた歴史を検証する為に私達がいるの」

「はぁ、なるほど……」

 きっと、人類は激減して移住する星も見つからないまま、こうして宇宙船の中で暮らしているのかも……。


  地球が滅びる。

 SF小説や漫画などでは割とありふれた題材だ。スぺクタルな映像を作りやすい。

 しかし、それは創作物だからこその刺激だし、リアルに起こるとしたら……。

「……リョウマ君、そろそろ起きて」

 柔らかい女性の声が耳元で心地良く響く。って……。

「ええええ???」

 僕は確かにベッドに寝ていたが、その隣には明らかに令和でも見覚えがあるパジャマらしきものを着た女性が横たわっていた。

「あ、あ、あ……」

 言葉にならずに、僕は馬鹿の一つ覚えのように「あ」を繰り返していた。そんな僕の様子にも動じずに、アオイさんは僕の乱れた前髪を軽く撫でた。

「リョウマ君、随分魘されていたわね。嫌な夢でも見た? 」

 嫌な夢は見た。昨夜聞いた話の影響で、リアルな地球滅亡の夢を……そんな事よりもだ。

「ア、アオイさん、どうして僕のベッドに!?」

 すると、アオイさんは首を傾げていたが、しまったと言わんばかりの苦笑いを浮かべた。

「あーそうよね。ごめんごめん」

 アオイさんは身体を起こして、ベッドから身軽に降りた。

「リョウマ君があまりにも激しくうなされて心配だったから、明け方に添い寝しただけよ」

 それを聞いて僕はホッとしたような、少し残念なような複雑な心境だった。というか、この状況はさすがに理性がヤバい。僕もベッドから慌てて起きた。

 昨夜、寝るまでの事を思い出した。

 僕はパルが映し出した令和の様々な映像を観て、それが正しい解釈なのか間違っているかを判定する作業をさせられていた。

  より完璧な検証をする為に僕の前にも何人か令和の住人がここに呼ばれてこの作業をさせられているらしい。今回はオトメちゃんが僕の事を間違えて呼んだから『正式な検証要員』ではないが、来たついでにとの事で。

 さすがに3時間ぶっ通しだったので頭も目も限界だった。アオイさんは分室の奥にある仮眠室に案内してくれて、僕は何も考えずに近くにあったベッドに横たわって秒で眠りについた。

 ふと見ると、隣にもう1つベッドがあった。そこにアオイさんが寝ていたのだろう。

 いくら疲れていたとはいえ、良くその状況で寝られたな……。

 てっきり、何事も無かったように令和で目覚めていると思っていた。

 朝起きても、令和から820年後の未来にまだいるとは……。月並みのセリフだが、夢じゃなかったのか。

 既にビジネススーツをビシッと身にまとったアオイさんは言い淀みながら、少し悲しげに僕に告げた。

「明日ね、貴方を元の時代に帰さなきゃいけないの」

「ああ、そうなんですね」

 イサミ局長も2日が限度って言っていたしな。

「ここめちゃくちゃ興味深いんですけど、僕、一応大学4年生なんで就活もしなきゃマズイんですよ」

 我ながらつまらない言い訳だ。実はここは地球が滅んだ後の未来で、それもアレだが、アオイさんみたいな年上美女と2人きりなんて、こんな男の夢そのものみたいな状況、もう二度とないかもしれないけれど、元の時代が気にはなる。

「そうよね。寂しくなるわ……」

 アオイさんの寂しそうに俯く顔を見て、僕は思わず男のサガ丸出しで言い放った。

「ぼ、僕も本当は帰りたくないです! アオイさんと話していると楽しいし……」

 すると、アオイさんは俯いていた顔を上げた。

「本当に? それなら、このまま私と一緒にいて欲しいな……もう少しだけ滞在出来るように司令に許可取るから!」

 ビシッと決まったビジネススーツ姿には似つかわしくない甘えた声で僕に笑顔を向けた。

   初めて見た彼女の飛び切りの笑顔の破壊力に、僕の心はいとも簡単に打たれた。

   アオイさんって年上でクールなバリキャリに見えたけれど、意外と感情豊かで笑顔がめちゃくちゃ可愛いじゃないか……。

 その時、あ、もうこれは落ちたと思った。よりによって、こんな令和から820年後の世界で。

 アオイさんは嬉しそうに上目遣いで僕の肩に軽くもたれかかった。その動きが何故だか慣れていてごくごく自然に感じた。僕は戸惑いながらも彼女をそのままそっと抱き寄せてみた……。 

 Episode3に続く

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