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【創作大賞2024 恋愛小説部門】#6 サカモトリョウマは4度未来に呼ばれるEpisode6

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☆Episode6☆

    蒼衣は僕の前に立つと、瞳を潤ませて言葉が出ない様子だった。それは僕も同じだった。

 やっと、やっと会えたんだ……。

 僕達は怒涛の如く、色んな事を話した。でも、何よりも会えた事が嬉しくてお互いに上手く言葉が出てこなかった。

 ホールにいた他の人達は、気を遣ったのか。いつの間にかいなくなっていた。そりゃそうか。

 僕は、まず再会したら必ず謝ろうと思っていた事を忘れない内に伝えた。

「蒼衣……知らなかったとはいえ、僕じゃなくても良かったんだろなんて酷い事を言って傷付けて本当にごめん!」

 それを聞くと、蒼衣は驚いたように瞬きをして、声を立てて笑っていた。

「大丈夫よ、あの時の涼真君は本当に何も知らなかったんだから。私は最初から涼真君の事を知っていたけれど、既に付き合っていた経緯を知らない貴方が不審に思うのも無理ないわ」

    やっぱり、蒼衣は僕の思っていた通りの人だった。でも、ちゃんと彼女に謝罪が出来て5年間のモヤモヤはスッキリした。

「それよりも、私の方こそごめんなさい……。あの別れ際に無理やりにでも会わないように遮断しないと、貴方を無理にでも引き留める勢いだったから……。見送りもしなくて申し訳なくて合わせる顔がなかったの」

「それなら、あの時にシルバーブレスレットを返そうとしたのは……」

「あれはイサミ局長に没収される事は計算してたわ。涼真君が令和に帰った直後に私達が特別な関係になるって事を遠回しにでも知らせたくて……」

    なるほど、やっぱり蒼衣は賢いな。疑問はまだある。

「君を27歳でNEに呼んだのは結局誰だったんだ? オトメちゃん?」

「司令よ。私の能力を買ってくれていて。私も司令には恩があったから、令和担当として働く事にしたの。もちろん、一番の恩人である涼真君や両親や周りの人に心配を掛けちゃうのは分かっていたけれど……」

「ん?」

「令和に帰れないのなら、もっと早くに貴方を呼び寄せようとしたけれど、ヒヨウがなかなか確保出来なくて……」

「そっか……いや、いいんだ。こうしてまた君に会えたんだから」

 僕は蒼衣を抱き寄せようとしたら、蒼衣のポケットの中に入っていたパルの通知音が鳴った。どうやら、誰かから連絡が入ったらしい。蒼衣は苦笑いを浮かべてホールの入口のドアに視線を向けると、ドアが開いた。


「あーあー、そろそろいいかね?」

 司令が入ってきて早々にバツが悪そうに僕達に声を掛けた。幕末担当の面々も入って来た。僕も蒼衣も思わず周りを見回して恥ずかしくて少し離れた。

「サカモトリョウマ君、君がアオイを連れて帰る件だが、良く考えたら、2人で一緒の年代に帰る事が出来ないんだ」

「あ……」

 僕達は思わず顔を見合わせた。そういえばそうだった。蒼衣はこのNEで5年の時を過ごしている。僕が2029年に帰るとして、彼女がこれから帰るのは5年後の2034年って事になる。どっちにしても、あと5年離れ離れに……。でも。

「分かりました。僕は2029年に帰ってまた蒼衣の帰りを待ちます。今度はちゃんと5年後に会える事が分かっているから大丈夫ですよ!」

「涼真君……」

「その代わり……」

 僕はポケットに大事に入れていたジュエリーボックスから、ダイヤモンドの指輪を取り出して、蒼衣の左手の薬指に指輪をはめた。

 蒼衣は驚いて顔を上げた。彼女の瞳には涙が溜まって零れ落ちた。僕はその頬に落ちた涙を軽く拭った。

 そして、ソウジさんの方を見て頭を下げた。

「ソウジさん、いつものお願いします」

「ちぇっ、オレの役割これだけかよ、本当は『ほぼ同期』のアオイさんに負けないくらい優秀なのにな。つまんねー」

 後ろでイサミ局長が「それなら、もっと真面目に仕事してくれ」とブツブツ愚痴っているのが聞こえた。

 ソウジさんはそれを聞こえない振りしてパルを出していた。今度の転移は怖くない。僕は最後に蒼衣の方を向いて出来るだけ笑顔で呼びかけた。

「蒼衣、また5年後に!」


 令和にまた戻って来た。

 でも、今度は5年後の再会が約束されている。プロポーズ代わりの指輪もしっかりと渡した。きちんと言葉には出来なかったけれど、それは改めて5年後に会った時にすればいい。

 僕は早速、地方に住んでいる彼女の実家を訪れた。電話でも良かったが、やはりきちんと面と向かって話すべきだろうと。僕は蒼衣は今は故あって海外に行っているが、必ず5年後に帰ってくると連絡があったと『嘘』を付いた。

 もちろん信じてはもらえなかった。そもそも、僕にだけ連絡があって母親に連絡がないのは納得出来ないだろう。面と向かって嘘を付くという誠意のない事をしてしまったのが、事実はややこしい上に荒唐無稽で信じてもらえないのだろうから仕方がない。僕は罪悪感に苛まれながら平謝りするしかなかった。

 お母さんがふと遠い目になって語りだした。

「……そういえば、貴方とお付き合いする前にも1か月くらい行方不明になっていたわね。帰って来てみたら、治らないって言われていた持病が完治していたの。あの時はこっそり海外に行って治療したって言っていたけれど……」

 その話を聞いて、僕は思わず脳内に色んな思考が駆け巡って、思わず頭を抱えてしまった。

「あの、坂元さん……?」

 僕は顔を上げて、ある仮定に基づいて、お母さんに確認するように詰め寄った。

「蒼衣は持病があったんですか? それで僕と付き合う前に一ヶ月行方不明になって治ったと!?」

 お母さんは僕の勢いに押されて頷くのが精一杯だった。

 蒼衣にそんな持病があったなんて聞いてなかった。しかも、それが海外で治療して治ったなんて。彼女のきっちりした性格なら、当然、僕にも話すだろう。そんな大事な事を5年間も付き合って彼女が僕に言えなかった理由は……。

「い、いえ、何でもないです。今回は病気じゃないけれど、必ず蒼衣……娘さんは5年後に戻ってきますので!」

 それだけ伝えて、僕はパンクしそうな頭を抱えながら彼女の実家を離れた。


 この上なくややこしい僕と蒼衣の時間軸の最後のピースが嵌った。

 あとは、オトメちゃんが言っていた『あの時』がいつ来るかだ。蒼衣が令和に帰ってくる前か、後か。

 令和に帰って初めて会った時の蒼衣が、「落ち着いていて紳士」って言っていたから、もしかしたらもっと先の話なのだろうか……。

 その予想は微妙に外れていた。最後の令和でのブラックアウトが来たのは、蒼衣が帰ってくる直前、2034年の出来事だった。

 変わらず、僕が寝ていたベッドごとホールに転移されていた。

「……イサミ局長、サカモトリョウマ様を呼びましたよぉ!」

 もう既に聞き馴染みのあるアニメ声。でも、5年振りだから久々か。

「いや、待て、オトメ。このサカモトリョウマは違うんじゃないか? 服装がまず違う」

「えー? サカモトリョウマ様は31才でお亡くなりになっているから、30才のサカモトリョウマ様をお呼びしましたけどぉー?」

「このサカモトリョウマは32才だ。それに根本の時代設定も間違っている! 2034年だから、182年ズレてるぞ。めちゃくちゃだ……」

  オトメちゃん……ドジのスケールが半端ないな。何一つ合ってないじゃないか。それにソウジさんの声が聞こえないって事は、彼の配属前なのか。僕はあれから更に年を取っているのに、幕末担当の人達にとっては、僕が22才で最初にNEに来た時よりも過去の出来事なんだな。不思議な感じだ。

   僕が目を覚ますと、オトメちゃんが心配そうに覗き込んでいた。

「あの……間違えて呼んじゃいました、ごめんなさーい!」

  のっけから謝られてしまって、思わず僕は笑ってしまった。

「サカモトリョウマ様?」

「ねえ、オトメちゃん。僕に申し訳ないと思うのなら1つ頼みを聞いてくれるかな?」

  さすがのオトメちゃんも驚いてたじろいていた。タイムスリップに動じていないどころか、『初対面』のはずの僕に馴れ馴れしく話しかけられているんだからな。


 僕はイサミ局長とオトメちゃんに、これまでの出来事を詳しく説明しようとしてやめた。でも、最低限の事は話さなくては計画は実行出来ない。僕は以前にもここに来た事がある事だけふんわりと伝えた。少し未来のイサミ局長とオトメちゃんと司令、そして大富豪夫婦と面識がある事も。

 やるべき事は分かっている。それに、成功する事も。

 僕はこの日が来る事が分かっていたので、常にベッドの片隅に置いていた紙袋を掴んだ。まずは、イサミ局長にその紙袋の中身を見せた。イサミ局長は訝し気に中身を取り出した。

「こ、これは……!」

 中身に入っていた歴史書。今度は幕末と昭和だけではない。出来るだけ幅広い時代の歴史書、しかも貴重そうなものを全国を回って片っ端から集めた。

 イサミ局長は慌ててパルで誰かに連絡を取っていた。予想は付く。

 僕の予想通り、数分後に既に見知った司令と大富豪夫妻がホールに駆け付けた。

 司令も大富豪夫妻も自己紹介も程々に歴史書に釘付けだった。そして、しばらく読み耽った後、改めて司令が僕の前に立った。

「君は一体……」

「すみません、詳しくは話せないんですけれど……皆さんに大事なお願いがあって、僕はこの通り、『見返り』を用意して今日という日を心待ちにしていたんです」

 僕の言葉に一同は茫然として、しばらく静寂が訪れた。


 僕は令和からもう1人ここに呼んで欲しい事、そして、彼女の病気を治してあげて欲しい事を告げた。

「なるほど、しかし、そう言われてもなぁ……」

 最高権力者である大富豪の石油王が困ったように唸っていた。一方でパルを使って何かを調べていた司令が声を上げた。

「うむう……ミズノアオイか。彼女の生体データは素晴らしいじゃないか!」

 僕は驚いて、司令に詰め寄った。

「そんな事が分かるんですか??」

 すると、司令は得意げに頷いた。

「全世界民の生体データがコンピュータに一括管理された時代からなら誰の生体データでもこうして調べられるんだ。何なら君のデータも……」

「いやいや、それは勘弁して下さい!」

 2034年現在ではそんな高度なシステムはまだないけれど、僕や蒼衣がじいさんやばあさんになる何十年後には出来たのかもしれない。

 司令は大富豪達に蒼衣の生体データを見せていた。石油王がそれを見て頷きながら何かを司令に伝えていた。司令はそれを神妙に聞きながら、僕の元に戻ってきた。

「いいだろう。見返りも十分過ぎるほどだし、彼女の病気は今の時代の医療技術なら治療が可能だ。ただし……」

「ただし?」

「条件がある。それは病気が治った後、彼女に歴史検証課で働いてもらう事だ」

 予想外の司令の言葉に僕は頭を思いっきり殴られたような感覚に陥って、その場にへたり込むかと思った……。

 まさか、僕が蒼衣がこのNEで働く要因を作っていたとは。さすがにそれは予想していなかった。

 いや、蒼衣も言っていたじゃないか。司令が彼女が27才の時にNEに呼び寄せたって。でも、1つ疑問がある。確か、病気が治ったのは僕と付き合う前って言ってたよな。それならば22才以前じゃないとおかしくないか? 

 疑問に思ったが、きっと何か訳があるのかもしれない。そもそも、病気が治って、その後に彼女が令和に戻って僕と付き合っていなければ辻褄が合わない。ここは素直に聞くしかない。

「……分かりました。彼女の病気の事、何卒宜しくお願いします」


 その後、直ぐに22才の蒼衣が令和からタイムスリップで転移してきた。例のホールだが、こうして客観的に転移を見るのは初めてだった。

 蒼衣は当たり前だが、最初はパニくっていた。でも、司令と僕が丁寧に説明したら何とか落ち着いた。

  未来から蒼衣の病気を治す為に呼び寄せたと。

「あの……貴方は私の事を知っていたんですか?  私は貴方にお会いした事はないはずなんですけど……」

 蒼衣は警戒するように僕を訝しげに見やっていた。それも当然だ。

「ああ、知っている。ただし、少し未来の君をね。詳しくは言えないが……」

 もっと気の利いた言い方をしたかったが、所詮、僕はこの程度だ。でも、蒼衣はさすが優秀な頭脳の持ち主で、何かを察したようでそれ以上は何も聞かなかった。

 彼女は早速、治療を受ける事になった。僕は治療が無事に終わるまで付き添って、その後、元の2034年に戻してもらう事になった。2034年でも、いつ『未来の蒼衣』が戻ってくるかも分からないし。でも、この蒼衣も当然、同じ彼女で大事だから、病気が完治するのが分かっていても任せっきりで置いて戻る事も出来ない。実際、治療を受ける彼女はとても不安そうだったからだ。

 遙か未来の治療だから医療機械かなんかであっという間に終わるのかと思ったら、そうでもなかった。機械に任せきりではなく、船医の方が丁寧に身体の状態やデータを見ながら、機械との併用で治療していた。 

 僕は治療で不安な蒼衣の傍に出来るだけいてあげて、色々な話をした。とは言っても、出来る話は限られていたので、彼女と付き合う前に僕が大学に行っていた時の話などたわいない話に留めておいた。

 治療は一か月掛かったが、完璧に治った。その持病は令和時点では完治しないと言われていたそうだから、さすがは820年後の未来というべきだろう。僕は船医の方に何度もお礼を言った。もちろん、司令、そして幕末担当の人達にも……。

  イサミ局長もオトメちゃんもまた会えるという僕の言葉を信じてくれていて、特に寂しそうな様子はなかったが、僕にとっては彼らに会うのはこれで恐らく最後になるので、少し寂しかった。出来ればソウジさんにも挨拶したかったが、彼は今時点では全く別の仕事をしているとの事で残念ながら会えなかった。

「サカモトリョウマ様、またお会い出来るのを楽しみにしていますねー!」

  オトメちゃんが僕の手を取って、ブンブン振り回した。その傍らでイサミ局長が不安そうにブツブツ呟いていた。

「どんな形でまた会う事になるのか、今から少し怖いがな……嫌な予感がするよ、全く」

    その予感は当たります……とは言えなかった。

 そして、いよいよ蒼衣が令和に戻る日、彼女は名残惜しそうに僕に挨拶した。僕も彼女が転移した後に直ぐに戻るのだけれど。

「涼真さん……本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」

 そして、蒼衣は右手を出して僕に握手を求めた。

「戻ったら、必ずお礼しに行きますから!」

「うん、また会おう」

 君は22才の僕に会う為に、そして僕は32才の君に会う為に……。
 
 僕は愛しくて抱きしめたい気持ちをグッと抑えて、蒼衣の手をしっかりと握り返した。

続く

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