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ビザ狂いだった、2年間のニューヨーク生活

ニューヨーク。移民同士でのおしゃべりが、よく行き着く話題は「ビザ」のこと。あなたは何のビザでここにいるの?どうしてそのビザを取れたの?などなど。彼らは、「ビザ」「家賃」「次のホリデー」のことで頭がいっぱいだ。

私だって、そのうちの1人だった。
5年間という期限付きの学生ビザで始まったニューヨーク生活。毎朝毎朝、目を開けた瞬間にその終わりが近づいているのを感じていた。

学生ビザで入国した瞬間から、次のビザはどうする?と私が悩んでいたことを、改めて整理するために記す。誰かの役に立つといいけど。

当初の予定:語学学校→1年のビジネススクール→OPT1年→就労ビザの取得

※OPTは Optional Practical Training の略です。
留学生がアメリカの大学を卒業した後、最大1年間まではアメリカに滞在して、専攻と同じ分野の仕事に就いてもよいという制度。

ニューヨークに行く前に、親を説得したプラン。
半年、語学学校で英語の勉強。その後、ニューヨーク州のビジネス系の学校に転校する(私立より安価)。そこの学校が1年でOPTを出してくれるという珍しい学校だった。その学校を卒業後に、OPTでどこかの企業に1年勤務。そこで運が良ければそこでビザをサポートしてもらう、というプラン。
結論、早々にこのルートは諦めた。現地の人と関わることが増えていて、アメリカ人でも就職するの厳しいのに、移民の私なんかが就職先なんて見つかるわけない!と絶望したから。不確かな可能性に賭けるには、この選択肢は私には重く感じた。

プラン2:日系の会社にビザサポートをしてもらう

ニューヨークに着いて数ヶ月後、日系の広告系会社でインターンを始めた。日本での職務経歴と近い会社だったので、なんかすんなり受け入れてもらって。色々経験させてもらった。そこでビザのサポートをしてもらえる話もあったんだけど…細かいことは省略するけれど…私が一番引っ掛かってしまった点は、会社が個人のためにビザを申請するのにはお金がかかる。なので、会社がビザをサポートするならば、最低○年は勤務してほしい、という契約付き。もちろんそんなの妥当な年数だとも思った。けど、色々あってこれも断念。

プラン3:アーティストビザに挑戦。

何かの才能に秀でた人が取得できるビザを取る。私の周りだと、舞台脚本家、映像制作者、音楽家、料理人、メイクアップアーティスト…などなど一芸に秀でている方々が勝ち取っているビザ。申請するのには、良い弁護士と強い根気と、今までの輝かしい経歴が必要。私は日本でも映画業界に携わってきたけど、これと言った代表作はないし、ニューヨークに来てからも特に映画関係で評価されるようなことも、できなかった。残念ながら。

なので、学生ビザの間に作品を作りつつ、映画業界に入り込みつつ、アーティストビザを申請しようかなと考え始めていた。この方向性が最後まで残っていた道だった。

ニューヨークのサブウェイ

プラン4:結婚

アメリカ国籍の方、ビザを持っている人と結婚して、自身は「配偶者のビザ」としてアメリカに滞在するプラン。
結婚するためにアメリカに来た!と大声で言う人に会った。アメリカ国籍が欲しいから、子供をアメリカで産みたい!旦那はいらん!っていう人にも会った。学校の先生にも、アメリカ人と付き合って結婚してビザを取るのが一番簡単なルート、とも言われた。結婚=ビザのイメージを、私はまんまと刷り込まれる。

配偶者のビザを取得して、アメリカに滞在している人にもたくさん会った。もちろん幸せな人もいたよ。もちろんね。

でも多分、私はプライドが高いんだ。ビザの中でも最弱(私のイメージ)の学生ビザの私にとっては、結婚=ビザがもらえる行為 だとしか思えなくなっている自分がいた。好きだから結婚がしたいのか?ビザが取りたいから結婚したいのか?がわかんなくなる瞬間。

でも今パリにいる

毎日ビザと将来を考えていると、あれ私ってここまでしてアメリカにいたかったんだっけ?ということに気づく。そういえば、フランス行きたかったんだった、っていう気持ちを思い出す。そしてその半年後に私はパリに到着して、その半年後にこの記事を書いている。

この国でもビザの問題はもちろんある。これからもパリにいたいかどうか、最低週に1回は聞かれる。まだわかんない。
でも今この瞬間、自分が自分らしく気分よく暮らせているからよしとしよう。

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