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チャンスを掴む方法に『特別』なんてなかった

努力、ひたすらそれだけ。
チャンスを掴まえるには、チャンスが転がっていないか、ギラギラと目を光らせること。
届きそうなチャンスの芽に、アンテナを張っておくこと。
常に野心を持ち続けること、これだけだと思う。

すべては挫折から始まった

2019年の夏、私は『つむぎ澪』と名乗ることにした。
それまでは、別名で活動をしていた。
当時、ライター歴1年半。
まだまだ駆け出しの私だったが、Twitterをガンガンやっており、フォロワーさんが安定して伸びていた時期だった。
それを一度リセットして、クリアにして、やり直したい、と思ったのだ。
たった1年半の歴史だけど、私はそのとき積み上げてきた歴史をかなぐり捨てた。

なにもかもやり直したかった。
そういう気分だったのだ。


当時、私はすでに漫画動画のシナリオライターをしていた。
そこそこの本数を執筆し、納品していた。
ほかの案件も多少あったが、その当時持っていた案件を、一旦すべて手放した。

それまで、なんだかんだクラウドソーシングに頼っていたが、クラウドソーシングをやめようと思った。
なんでそんな事をしようと思ったのか?

『嫌になったから』としか言えない。
かくして、私は1年半の歴史を葬り去った。

ゼロからやり直そう。
当時の私にとっては、それはとんでもない一大決心だった。
とんでもない決断だったが、決断し、強行した。

そして、つむぎ澪は誕生した。
私はその時から、ある野心を抱いていた。

それは
「漫画動画シナリオライターとして、界隈にその名を馳せるライターになってやる」
ということ。
当時、漫画動画がブームになり、どのチャンネルもものすごい伸びを見せていた中、私の存在はとてもちっぽけだったに違いない。

私は『つむぎ澪』として誕生したばかりで、なんの実績も後ろ盾もなかった。
ただ、野心だけは人一倍強かった。

絶対に諦めない。
絶対に世間に認められるライターになる。
絶対に一流になる。

なんの根拠もない。
なんの後ろ盾もない。
なんのコネクションもない。

ただのちっぽけな私でしかないというのに、私の野心はとてつもなく大きかった。
理由なんかない。
ただの負けず嫌いだ。

初めてのチャンスは自分の手で

初めてのチャンスは、自分で作った。
つむぎ澪を名乗り始めてすぐに、私はいわゆるオンラインサロンを立ち上げた。

『バズる!!』YouTube漫画動画らぼ。という、漫画動画運営者向けのコミュニティだ。
当時、漫画動画のチャンネルが次々と誕生し、一大ムーブメントを巻き起こしている真っ最中。

無名のライターが立ち上げたコミュニティというのにも関わらず、コミュニティの参加者はうなぎのぼりで増えていった。
ただのライターだった私は、コミュニティオーナーになり、多数の支援者を抱えるようになった。

コミュニティを立ち上げて半年、コミュニティの参加は、20名を超えた。
シナリオの執筆依頼がふくらみ、一人では対応しきれなくなったのでライターチームを立ち上げ、別なライターに案件を落としながら、自身も書き続ける日々。

そこで、マネジメントとディレクションを、否応なしに学ぶことになった。
私は相変わらず「漫画動画シナリオライターとして世間に認められたい」と強く願っていたので、ただただその目標に近づくために目の前の案件をこなしていった。

どこを目指すのか?
どこにいけばいいのか?
正しい道はどこなのか?
誰も教えてくれないし、目指すゴールもわからない。

わかるのは、ただひたすら前進するしかないということだけ。
私は野心がものすごく強かったので、「この人と仕事がしたい」「このチャンネルでシナリオを書きたい」という欲が、人一倍強かった。

そして、その野心を叶えるために行動しまくった。
Twitterで出会ったクライアントさん、知識を提供してくれるマーケターさん、ライターさん、ライター以外のクリエイターさん、かなり数のいろんな方と接触し、ひたすら顔を覚えてもらおうとした。

ただ、下手な売り込みは嫌われるとわかっている。
だから、野心をひた隠しにして、黙ってニコニコしているのだ。
表向きは。

そして、いつか「つむぎさんとお仕事したい」と相手が切り出すのをただただ待つようになったのだ。
チャンスが転がるのを待つ。
チャンスが浮かび上がるのを待つ。
待つ、待つ、待つ。
ひたすらに待つ。

どれだけのチャンスを待ったかしれないし、どれだけの人をターゲッティングしたかわからない。
Twitterでは、漫画動画とYouTubeマーケティングに詳しい人を片っ端からフォローしまくり、情報収集した。
タイムラインを毎日チェックし、私が役に立てそうなことがないか、未来のクライアント氏に貢献できる案件はないか、ただただ目を光らせていた。

ディレクターへの挑戦

二度目のチャンスは、バズる!のクライアントさんが与えてくれた案件だった。
当時チャンネル登録者数30万人のチャンネルが立ち上げた、サブチャンネル。
そのディレクションの一部を、任せていただけることになったのだ。

このお仕事は、ただただ勉強させていただくことばかりだった。
毎日更新のペースに合わせて、シナリオ執筆、イラストの制作、CV、動画編集、という制作の過程をつぶさに見ることができた。
シナリオとイラストに関しては口出しすることができたので、とことん介入し、いいところは徹底的に褒めて、だめなところは納得がいくまで修正を繰り返した。

サブチャンネルの運営者と二人三脚で、毎日うんうん唸りながら、チャンネル立ち上げから収益化までを見届け、軌道に乗った段階で案件を離れた。

人と人とがつなぐ縁に、不思議と次々助けられてきたと思う。
2020年はコロナ禍にあり、受難の年だった。
誰しもがそう思ったと思う。
しかし、そんな中においても出会いはあったし、チャンスは変わらずに転がっていた。
私は、それを逃すまいと常に必死だった。

他ジャンルへの挑戦

三度目のチャンスは、意外なところから転がり込んだ。
当時、かなり支持されていたビジネス系YouTuberの方から台本制作のアシストをして欲しいと依頼を受けて、気がつけば首を縦に振っていた。

畑違いで、特に知識が豊富なわけでもなかったが、ビジネス系のメンタルハックに強いライターさんに声をかけまくって、専用のライターチームを立ち上げ、案件にフルコミットした。

かなり、貴重な経験だったと思う。
難易度は高く、クライアントの要求は常に高度。
クオリティに関して一切の妥協はなく、文章に向き合い続ける日々。
しかし、YouTube特有の「初学者向け」という内容に救われた。
内容を噛み砕いて、伝わりやすい文章にするということは、ライターとしてのスキルアップに大いに役立った。
それまで、長らく漫画動画の案件ばかりに没頭していたため、とても新鮮で刺激的な現場だった。

外注の仕組み作り、チーム立ち上げ、安定納品ができるまでの筋書きを作り上げて、後進に道を譲った。


サムネイル制作への挑戦

時期を同じくして、四度目のチャンス。
大手漫画動画チャンネルのサムネイル画像の外注をディレクションする、というかなり特殊な案件のオファーをいただいた。
サムネイル画像は、動画全体のハイライトシーンをわかりやすく、インパクトを持って伝えることが求められる。
この時期、おそらく期間にしたらたかだか2ヶ月程度なのだが、私はひたすらサムネイル画像について考えた。
来る日も来る日も、シナリオを読み、イラストを見て、タイトルとあらすじからサムネイル画像の構成を考えた。

YouTubeにおいて、サムネイル画像が大事だということはもちろんわかっていたが、その制作がこんなに頭を悩ませることなんだということは、このときに初めて知った。

シナリオ執筆をしながらサムネを意識するようになったし、必ず絵的なハイライトシーンを用意するようになった。
クライアントから得られるフィードバックにたびたび度肝を抜かれた。
力不足と勉強不足に、ただただ涙することも多々あった。
このときほど、産みの苦しみを味わったこともないと、今になってみれば思う。
サムネイル画像の構図を決めるのに、丸一日考え続けるなんてことはザラだった。

サムネイル画像の出来栄え一つで、よくも悪くも結果が転んでしまうということを通して、YouTubeの難しさを思い知らされた。
このとき、シナリオライターを始めて丸二年が経とうとしていたが、私はYouTubeについてちっともわかっていなかったのだと、己を恥じた。

悔しさと、苦しさと、上手くいかない、結果がついてこないという現象に、ただただ真っ向からぶつかり続けるしかなかった。
案件に関わっていたのは短期間だったが、力及ばずで自ら辞退した。

それまでに経験してきたのとは違う、大きな挫折が私の中に刻み込まれた。


挑戦を支えてくれたもの

チャンスは、いつどこからやってくるのかわからない。
ただ、私はいつでもそれを受け止めたし、成長の糧としてきたし、自分ができることに全力で取り組んできた。
結果を出せなかったこともある。
力が及ばなかったこともある。

それでも、諦めなかったこと。
クライアントさんのため、動画を楽しみにしている視聴者さんのため、ともに戦ってくれるクリエイター仲間のみんなのために、死力を尽くしてきたつもりだ。

私がひたすら前進し、次々と新たな挑戦を続けることができたのは、

一つに、お仕事を与えてくださるクライアントさんのおかげであったし
一つに、私の活動を裏から支えてくれるライターチームのおかげであったし
一つに、応援してくださる皆さんの温かいお言葉のおかげであったし

多くの方々とつながりを持つことで、支えられてきたのだと感じている。


チャンスが降って湧いたらどうするか?

チャンスが目の前に降って湧いたとき、それをものにするのはまず熱意だ。
情熱だ。
何事も、思いが伝わらなければ、人を動かすことなんかできやしない。

クライアントさんから「こういう仕事をお願いしたい」と言われた瞬間、一も二もなく引き受ける。
私ができることに、全力で取り組む。
できないことは、別な方にお任せするか、予めクライアントさんにお断りを入れた上で、勉強しながら全力で取り組む。

力及ばないときもある。
無力を嘆くときもある。
考えに考えて、それでもどうにもならないときもある。

それでも、常に目の前にあることに対して精一杯取り組むこと、その時の自分の全力を出し切ること、その姿勢が評価されてきたのではないかと、自分では感じている。

大きな案件を手放しても、すぐにまた新たなチャンスが巡ってくること。
チャンスが転がってきたとき、即座に対応できるよう、タスクを整理しておくこと。
大きな案件をいただいたとき、手持ちの案件を引き取ってくれる仲間がそばにいてくれたこと。

クライアントさんの信頼を損なわないよう、しかし常にやりたいことにコミットできるよう、私は私なりにずっと地固めを続けてきた。

今ある環境が、私自身を支え続けてきてくれたのだとそう思う。

3月になってから、新たな挑戦の機会に恵まれた。
今までの経験とはまた一つ違う、大きな挑戦になる予定だ。

久々に脳天叩き割られるほどの衝撃を受けたし、かなり大きな荷を降ろさないと受け入れられない案件なので、身辺の整理を全力で進めている。

幸い、後を継いでくれる仲間がいる。
私の挑戦を、後押ししてくれるクライアントさんがいる。
とんでもなく勝手で、無鉄砲で、それでもがむしゃらに進み続けてこられたこと、それだけが私の強みだ。


チャンスが降って湧いたとき、そのチャンスを活かせるかどうかは、全て自分の手にかかっている。

挑戦に失敗することもあるし、挑戦したがために評価を下げることだってある。
安定を望み、挑戦の機会を見送ることだってできるのだから、なにも無理してまで挑戦を続けることはない。

それでも、私は挑戦することをやめなかった。
常に高みを目指したいと思い続けてきた。
その結果があっての、今だと思う。
この上なく、幸せなことだし、名誉なことだし、何もかもが得難い経験であると思う。

セカイノフシギでシナリオ執筆をした経験
漫画動画運営者向けコミュニティを立ち上げた経験
ディレクションを任された経験
ビジネスジャンルに挑戦した経験
サムネイル画像制作に携わった経験
モナ・リザの戯言でシナリオ執筆を続けている経験
名前を挙げることはできないけれど、多くの漫画動画チャンネルでシナリオを執筆してきた経験
漫画界の著名人、マイクロインフルエンサー、YouTubeマーケティングの先駆者の方々、多種多様な方とのつながりから得られたもの

すべてが私の糧となっている。


私自身の挑戦は終わっていない。
むしろ、最大の挑戦が今まさにこれから始まろうとしているところだ。
これからどう転ぶのか、どんな未来が待っているのか、私にもさっぱりわからない。
それでも、私は挑み続けていくと思う。
挑戦を続けることで、成長し続けられたと思うから。



もし、あなたの心に少しでも安らぎや幸福感が戻ってきたのなら、幸いです。 私はいつでもにここいます。