【第3心】募る劣等感【一生片想い】
ボス猿争いに負けたり、思っていたより自分の運動能力が低かったりと、小学2年生までで、既に屈辱や敗北は経験していたユウだったが、勉強方面で完全敗北を喫したのは、マキという存在が初めてだった。
それまでは、一部の科目において問題を解く早さで一時的に負けたとか、その程度しかなかった。
マキはそれに加えて、自分には無い運動の才能すらも、学年トップレベルで持っている。
ライバル意識だけに留まらず、強烈な嫉妬心を抱かずにはいられなかった。
【知能テスト】
ある日、ゆとりの時間に知能テストなるものが行われた。
これは学期毎の通知表の評価項目とは関係無く、国家的に行われている調査の1つらしい。
担任は、このテストの成績は科目などの評価に影響を与えない事を明言していた。
なのでユウは、多少気楽に臨んでいた。
テストが始まると、区分ごとの時間制限が厳しく、なかなか思うように解き進む事が出来ない。
いつもの科目別のテストであれば、授業内容に答えがあり、それを思い出して書くだけの単純作業だったが、これは問題の意図自体が掴みにくかった。
特に、「下の絵を見て、絵に描かれた人物が、何をしようとしているか答えなさい」などという設問が困った。
。o(そんなもんそいつに聞けや)
例えば、まな板の上にニンジンらしき物があり、包丁を持った人物が立っている絵であれば、「ニンジンを切ろうとしている」とか「カレーなどの料理を作っている最中」などという答えが浮かぶ。
多分それでいいんだろう、とは思うが、そのどちらかしか正解が無いと考えたら、どちらがより正しいのか悩んでしまうのだ。
さらに、ユウの頭には、「問題としてはありえないだろうけれど、まな板とニンジンはフェイクで、これから家族を刺そうとしているのかもしれない。」という、邪悪な答えすら湧き出てしまっていた。
これらの思考に時間を奪われ、苦戦するユウの耳に、ペラペラとページをめくる軽快な音が飛び込んできた。
。o(誰だ、こんな速さで進めてる奴は。)
。o(どうせわけわからなくて、ページを飛ばしてるんだろう。)
その音がした右後ろを振り向くと、マキの姿があった。
マキの手に握られた鉛筆は、テスト用紙の上を滑らかに動き、もう一方の手は、リズム良くページをめくっていた。
。o(と、解けちゃうの?そんな速さで行けちゃうの!?)
またしてもユウは度肝を抜かれた。
こんなに思考の余地が多い設問すらも、その速さで進めてしまえるのか...。
泣きたいほど悔しかった。
マキの動きを見た後のユウは、頭をスピードモードに切り替え、より正しい解を得ようとするよりも、速く多くの問題に答えを書き進める方針にチェンジした。
しかしそれでも、速度の点では区分ごとに勝ったり負けたりで、全体的にややユウの方が劣ったまま終了時間を迎えた。
テストを終えた後、ユウはマキに、どんな思考をすればあのような速度で問題を解けるのか聞きたかった。
しかし...砕け散ったプライドの残骸が、その行動を邪魔し、話しかける事すらできなかった。
【弱点を探せ!】
ユウから見たマキは、完璧超人だった。
乗り越えるべき壁が突然現れたように感じた。
強烈な劣等感や嫉妬心に苛まれながらも、ユウは必死に考えた。
。o(マキさんだって人間だ。必ず弱点はある。)
その弱点を探ろうと、昨年まで同じクラスに居た男子に聞き込みしたり、授業の合間の5分休憩で近寄って会話に聞き耳立てたり、休憩時間に何をしているか探偵ごっこにかこつけて追跡したり...など、ユウは姑息な努力を始めた。
ダイ:「あいつは、制服から体操服に着替えるのが異常に速いんだ。『宇宙人』って呼ばれてた。」
むぅ、またしても完璧超人情報が追加されてしまった...。
着替えが速いという事は、男性への読者サービスタイムが短いという事であり、エロ方面でも隙が少ないカタいキャラだというわけだな...。
....この情報要らんかったわ。
授業の合間の休憩時間中、どんな話をしているか聞き耳を立てて聞いたところ、実に他愛のない話だった。
マキはあまり会話を主導しないために、嫌いな物だとか人物像がイマイチ掴めない。
5分休憩の度に近寄っていたら、クソガキ勢に気付かれてしまった。
ガキ:「おい!またユウがマキの近くに行くで!あいつマキの事好きなんじゃねーの!?」
最悪だ。
ここでそういうレッテルを貼られ、ネタとして定着してしまったら、今後ずっと擦られまくるし、男同士の遊びに入れてもらえなくなる可能性すらある。
ユウ:「は?何言っとーだ?すぐそんな事考えるおめーはエロでスケベ野郎だな!」
全力で反撃して真意を誤魔化した。
ここで殴り合いになったとしても、否定しておきたかった。
結果、激しいやり取りにはならなかった。
ならなかったが...。
聞き込みでも5分休憩でも何も掴めなかったユウは、業間休憩と呼ばれる午前の30分間と、昼休憩の35分間を使ってマキの行動を探ろうとした。
が。
小学1年生から野球好きだったユウは、男子の人数を集めてゴムボール野球をするのが常だった。
これをやらずに探偵ごっこをするタイミングはなかなか掴めなかった。
理由は単純で、そっちの方が楽しかったからだ。
だがしかし、マキに勝たなければ、自身のプライドを立て直す事はできない。
ゴムボール野球の人数がイマイチ揃わなかったある日、ユウはついにマキの追跡を行った。
ところが、結構あっさりその行方を見失い、闇雲に校庭をウロウロするしかなかった...。
あと10分で休憩時間が終わるというその時、校庭の片隅でユウはマキを発見した。
何をしているか遠巻きに見る。
。o(穴を掘っている?)
マキは、同級生の女子と2人で、小さな穴を掘っているように見えた。
その行動があまりにも謎だったので、ユウは意を決して、今気付いたフリをしつつ、近くまで行き話しかけた。
ユウ:「何をしとるの?」
マキ:「墓を...作ろうと思って...。」
ユウは足下を見ると、そこにはスズメらしき小鳥の死体があった。
2人は校庭に出る途中で見付けたらしい。
ユウ:「そうか...俺も手伝うよ。」
小鳥の体が埋まる深さには既に掘られていたが、ただぼんやり見ているのはマヌケにも程があるので、どう見ても無駄というか蛇足でしかないというかなんだコイツって感じなんだけど、とりあえずカッコ付けてそんな事言って、素手で穴を広げたりなんだりしてみた。
なんだか自分が矮小な人間に感じて情けなく思えてきた。
マキ:「ありがとう。」
特に大した事をしたわけでもないのに、ユウは感謝の言葉を投げかけられた。
素直な嬉しさよりも、妙な惨めさを強く感じて、泣きたくなった。
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