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「どうしても」が通る世界こそ、理想なんじゃないかと。

 人は人らしく生きれば、誰しも幸せになるようにDNAに組み込まれているんだ。この世界に幸せじゃない人が多いとしたら、それは社会システムの問題。僕らは幸せになるために社会を創造したはずなのに、そのせいでみんな首が絞められている。

 社会も価値観も優劣も、全部幻想。幸せになるために、利用すればいい。不幸になるようなら、即手放せばいい。

 人らしい幸せって、何だろう。生まれてきた以上、自分の動きが世界に影響をもたらすこと。それこそ喜び。このことを教えてくれたのは、特別支援学校で出逢った子たち。自分が世界に確かに存在していて、何かを動かすことができる。生きる喜び。

 今の大人たちが幸せじゃないとしたら、それは自分たちが世界に影響できていると感じられないから。自分が望んでいる形、楽しさの中で、世界に影響できていないから。趣味が仕事くらいの影響力をもてば、きっともっと楽しいはず。幸せの前に、こだわりも価値観も、すべて無力。

 お金のために働くなんて、もったいない。そんな世の中、まともじゃない。そりゃあ時には、我慢したり努力したりしなきゃいけないこともあれば、上手くいかないことだってあるだろうけど。

 クラスも一つの社会。そこで、自分が思い描く「理想的な世界」を実現してみたい。先生がコントロールするんじゃなくて、みんなが維持できるような仕組み。誰しもが安心して、幸せでいられる世界。

 そんな中で行き着いたのが「どうしても」制度。みんなが、制限なく自分の「どうしても」を発動できる。どうしてもやりたいことがあれば、それがたとえ一票でも実現させる。一つ、「どうしてもやめて欲しい」がなければね。2つの「どうしても」が対立したら、とことん話し合う。

 係だってどんどんできちゃうし、どんどん変化する。生き物を飼いたければ係成立、お楽しみ会やりたければそれも係。給食当番を係にしちゃってもいいし、席替えを考える係だって存在する。自分の「やりたい」が仕事になる、それが誰かのためにもなる。やりがいもある。

 誰かの「どうしても」に対して、「いいよ」って言ってあげられる優しさ。何度も「いいよ」をもらうと心が満たされて、次は自分も、誰かの「どうしても」に対して「いいよ」って言えるようになる。受け取ることよりも、与えることの方が嬉しいんだ。これも、特別支援学校の子たちが教えてくれたこと。

 手を挙げた人が得をする。ちょっと勇気を出して一歩踏み出せば、世界は変えられる。実はみんな優しくて、いい仲間に支えられていることに気付く。生きることは、喜びで満ち溢れている。それらが実感できる、そんな世界を。

1つのシェアが、学校作りには大きな力となります。少しでも共感していただけるようでしたら、お力お貸しください!