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特許網構築の手順と知財活動の考え方

2013年からインハウスで2017年からは特許事務所としてスタートアップ企業の知財活動の支援を続け、私たちは今月に大きな節目を迎えることができました。

 ・One ipを法人化して5周年(4月4日)
 ・Model-based知財開発LLCの発足(※)

※MBSEの手法を知財開発に応用した新しい支援スキーム

私たちの活動がここまで継続できたのも、日ごろより支援いただいているスタートアップの経営者の方、ご紹介いただいたり相談いただいたりする投資家の方、情報交換をさせていただき施策に反映していただいている官公庁の方々、同じ志を掲げる士業の皆様のおかげです。

これまでgoogle docsに書き溜めていた文章が100ページを超え、経験させていただいたことにより得た一つの考え方として、文章に残しておこうと思います。
(思い立ったときに自分が初心に立ち戻れるように)

1.特許網構築の手順


一昨年あたりから、官公庁(産業構造審議会、内閣府知財推進局委員会、自民党知財調査会)はじめいろいろなところでお話していますが、
プロダクトと同様に、知財も
 企画→設計→実装→活用
の4つのステップが必要だと公言しています。
(プロダクト開発も基本は、いきなり実装から入らないですよね)

つまり、
 ①企画:特許を取得する目的(why)
 ②設計:どのように特許網構築するのかの考え方(how)
 ③実装:何の技術(仕様)を特許として出願/権利化するのか(what)
 ④活用:誰に、何のために、いつ、どのように活用していくのか(who)
この4つのフェーズが存在すると思ってます。

大企業の知財部門では上の①~④の検討・判断・実行は知財部門が主導で行い、③の一部を特許事務所が行っていることが多いように思います(私のファーストキャリアの特許事務所もそうでした)。その際、特許事務所としては、法律や運用方式に沿ってその依頼に含まれる目的が最大化されるように起案をして納品します。ある種、ドメインエンジニアに近い側面もあるのではないかと思うときがありました。

一方、スタートアップ企業では、①、②を専任で行う方はまだまだ少ないですし、まして④を考える方が内部にいらっしゃるケースはかなり稀なのではないかと思います。
会社の予算を使って活動する以上、①~④が存在していないことは論外で、それぞれの活動に合理的な説明ができること(そう努力をすること)は当然だと思っています。

そして、この各ステップをどのような活動にしていのかは、以下の「知財活動」の3つの考え方のどれを選択するかによって定まると考えています。

2.知財活動の3つの考え方


以前、僕の経営の師匠である尾原和啓さんと、「知財活動」について戦略、作戦、PRという3つのコンセプトがあるのではないかと議論していました。
(注:勝手に「師匠」と仰いでいるだけで、正式な弟子ではありません)
繰り返しますが、この3つのコンセプトのどれを選択するか(or 今は選択をしない/できない会社フェーズなのか)によって、上記のステップの重要度や内容が変わるため最初に決断していくことが大事だと思います。

※戦略と作戦(戦術/兵站)の違いがいまいちわからないという方。主に経営メンバー向けにこれ以上ないくらい明確に説明されたブログはこちらです(ベース記事は清水亮さん)。

(1)戦略レベルの知財活動

 戦略は「戦い」を「略す」と書きます。
企業活動における様々な競争、紛争、ブレーキ等を未然に防ぐことは、特に、スタートアップ企業のように「限られたリソースで最大の成果を得る」場合に重要な考え方です(競争前提でない方がコスパがいい)。
 すなわち、戦略レベルの知財活動は、
 ・他社が入りたくても入れないようにする技術エリア
を創り上げることによって、他社を完全に排除してもいいし(独占)、限られた範囲で敢えて参入させて別のものを得る(支配下)ことも自由にできるようになります。
このように、戦略レベルの活動とは、事業活動や会社経営において「戦いを略し続ける」ための活動です。

そして、これを実現するために上記の各ステップ(企画→設計→実装→活用)に求められる内容と質は次のように考えることができます。

即ち、「戦い」を略し続けるためには、自社の「技術エリアの選定」が最重要です。この特許エリアの選定は、将来の開発アイテムに対して、産業、競合、自社を鑑みて戦略優位性つながる技術エリアをまず特定してその技術を特許化することが重要であり、上で述べた「設計ステップ」における活動の質の高さで決まるといっても過言ではないと思います。当然に、特許網構築に関する「企画、設計、実装」にかかる期間もコストも大きなものとなります。

注:「特許エリアの選定」ではなく「技術エリアの選定」と記載する理由:特許が直接リンクするものはあくまで「技術(仕様)」であり、その「技術」をどう活かしていくのかが事業方針や経営方針だと考えています。(一部の企業体を除いて特許は経営と直接リンクするものではありません

そして、それと対になるものが「活用ステップ」におけるシナリオの質の高さです。特にスタートアップ企業に限って言えばと、戦略レベルの知財活動における「活用シナリオ」とは、
・特殊なイベントに対するシナリオ(訴える/訴えられる、ライセンス収益を得る/支払う)
よりも、
・日常的イベントに対するシナリオ(資金調達、共同開発、事業開発、様々な提携、)
を想定したもであるべきと考えています。
スタートアップ企業は、産業エコシステムという生態系の中においては生き残ることに関して「弱者」であり、上記の特殊なイベントも日常的イベントもインパクトが大きいです。両方乗り越えていかないと生き残ることはできません。
このように、影響度(Severity)が同じならば発生頻度(Frequency)の高いリスクが活用シナリオで当然にケアされるべきと言えます。
(活用シナリオの具体的な内容と構築の考え方は後日に整理し明らかにしていきます)
戦略レベルの知財活動における特許網は、日常的に起きる様々なイベントに関わる様々なステークホルダーに品定めがされ、どの相手に対しても、
 ・ここと組むしかない(他社と独占的に組まれたら困る、自社での特許網構築は不可能なレベルで仕上がっている、、、)
 ・ここに投資するしかない(競合に投資してもこの特許網の範囲内であれば早晩事業はできなくなる、、、)
 というように、パートナー企業からは「頼もしく」評価され、競合からは「脅威」に評価されるクオリティであることが求められます。

以上が、戦略レベルの知財活動の概要です。
ただし、技術エリアの選定には自社分析、他社分析、産業分析を伴いますし、その分析の結果「そのエリアで生き残る」場合のリスクを洗い出して活用シナリオを創り上げていく、、、、という活動を1~3年レベルで行っていくため、開始できるフェーズがプロダクト開発のかなり初期の頃に限られてきます(基本仕様の設計前)。
(中畑の経験上は、過去に1社見たことがあり、現在2社の支援を行っているところです)。

(2)作戦レベルの知財活動

「戦い」を「作る」と書いて「作戦」です。
何を得るために、誰との戦いを、いつどこに作るのかがこの活動のコンセプトです。
即ち、作戦レベルの知財活動とは、一時的に「戦い」をショートカットすることで 何らかの優位状態を作るものだと言えます。重要なのは「何を得るのか」という作戦の目的です。
例えば、
  ・特定のパートナー/投資家に評価されるため
  ・Network Effectのはずみ車が回るまでの他社の足かせ
  ・入札で勝つため
  ・特定のエグジットを特定の条件で果たすため
等のように、その分野における関ヶ原をどこに設定するのかを決め、そこから逆算して一点突破することがこの活動とも言えそうです。
 実は、多くのスタートアップ企業の活動はこの作戦レベルの活動でないかと考えています(活動の優劣を言いたいのではなく、活動目的の差異だと考えています)。
 この活動では、一回の活動としては、3-6か月で
・「何を達成するのか」「誰に対するものなのか」という目的を企画し、
・それを実現するために「いつ」「どの技術(領域)」にどのような出願が必要なのか(権利化まで行うのか)を設計して、
・当初想定していた活用シナリオをそのまま実行する、
という、実は一番コストパフォーマンスに優れているのではないかとも言えそうです。
ただし、作戦レベルの活動は、いまある技術の優位性をできるだけ固めることが多いため、状況の変化や構造の変化への耐性は低いことがデメリットとも言えそうです。そのため、複数の目的に対して、スタートアップ期間中に複数回対応していく必要があることから、目的が外れた場合や他の不可抗力如何によっては長期で見たときにコストパフォーマンスが下がる可能性も考慮する必要はありそうです。

(3)戦略的知財PRレベルの活動

僕は、ふろむださんの著書「人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっている」の本が好きですし、孫氏の計篇「詭道」も大好きな節なので「はったり」という言葉には抵抗がないのですが、「はったりレベルの知財活動しませんか?」というのはどうも勧めにくいので「戦略的知財PR」と言うことにしています。
この戦略的知財PRは、とにかく「なんかすごそう、やばそう」と思わせることだけに特化します。
 実際には3日〜7日程度で、
 ・もっともらしい名称の出願、
 ・ピンポイントでいいから取得しやすいユースケースを権利化する、
 ・世間で騒がれているような用語を敢えて使う
もちろん、ハッタリだけでは生き残ることはできないため、別の強みが構築されていたり、それ以外で死なない方法が確立されていることが必須になることは言うまでもありません。
 創業期に「場当たり的」「その場しのぎ」かもしれないけれど、まずは最速で特許を1件取っておく、ということで最初期の生き残る確率が少しでも増えるような状況(一律な言葉で定義しにくい。。。)であれば、生存戦略的には手段を選ぶ必要がない場合もあるのではないかと思います。
実は、このはったりレベルの話をすると「それが一番いい!」と言われる経営者も結構いらっしゃいます(連続起業家や、金融系出身の起業家が多く、特定の業種で既に一定のドミナント状態の場合が多いように思います)。

3.まとめ


計画が必要だし、計画できる人が必要

今回のポストでは、主に、スタートアップ企業における知財活動やその支援を念頭において書きました。
ぎゅっと一言でいうと、
プロダクトと同様に特許網構築も「企画→設計→実装→活用」ステップが重要であり、各ステップの重要性や活動内容は3つの考え方(戦略レベル、作戦レベル、はったりレベル)によって変わる。

そして、やはり、これを計画するのだという経営判断が必要であり(これがないと誰も動けない)、経営者が判断できないならば、投資家やアドバイザリの方がその重要性を理解してせめて「必要性くらいは検討したら?」と促すことが必要なのかもしれません。
そして、計画することを決定したら、大事なのはそれを計画する人を誰にするのかをすぐに決めることだと思います(実行は外部でもいいがプロジェクトのリードに関する社内のRASICは大事)。

人生でnoteを書いたの初めてですが、土日ならまとまった時間が取れるので、子供と遊びながらでも続けられそうです。


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