マスカラ

「うん、綺麗。」
その言葉で閉じていた目を開く。
「そのマスカラも似合うね。」
メイクに疎い私よりも遥かにメイクに長けている彼にマスカラを塗られる日が増えた。
最初は遠慮していたのだがマスカラを塗った後の笑顔が大切なものを愛でるような瞳だから何も言えなくなってしまった。
なんて思いつつ視線を落とすと彼の手元の箱には何種類ものマスカラがしまわれている。
「……なんで、毎回マスカラだけ塗るの?」
「んー、マスカラってあんまり目がいかないじゃない。涙で崩れやすかったりするし。その場所を俺の手で彩れるって嬉しいんだよね。」
「あんまり分からない。」
「涙でマスカラが落ちたとする。その時、俺の事思い出してくれるでしょ?なんて言ったら良いかな……そう、ふとした瞬間に思い出してくれる存在でありたいんだ。」
柔らかい表情でそんな台詞を言われれば、何も言い返せなかった。
マスカラがまつ毛を彩った私を見て満足そうにする彼は本当に愛おしいものを見る目をしていた。
「そういえば、この間見たドラマでも同じようなシーンがあったね。」
「あー、あったね。『いつでも綺麗な君を見ていたいんだ』ってやつ?」
「それそれ。」
「そうだね、俺も同じ気持ちだよ。」
さらりと髪をすくい、口づけをする彼。
「俺を思い出して欲しいな。」
そう言った彼の笑顔は崩れることはなく、あまりにも穏やかで切ない思いに胸が突き上げられた。

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