微吟

笑う顔を思い出して携帯の電源を切った。
この小さな薄っぺらい中にはあの人を思い出すものしかない。
写真も、動画も、言葉も、全てこの中だ。

都会寄りのこの街の夜空に星は見えない。
それでも、ちらりちらりと見える星はあなたも見ているのだろうか。
苦しくなってあなたが好きだと歌っていた曲を口ずさむ。
窓を開け放っても街の音は聞こえない。
ラブソングなんて歌わないと思ってたのに。
この曲が好きだと笑ったあの人は誰かに恋をしているんだろう。
そんなあの人に自分は恋をしている。
歌声は星がきらめく音さえも聞こえる静寂の中に細く消えていった。

名前を呼んで。
頬に触れて。
特別扱いの恋人繋ぎをして。
瞳に映るのも。
何かあったら思い出すのも。

全部、あの人とがいいのに。
心の寂しさに耐えきれなくなってベランダに出る。
瞬きをするように、静かに数秒だけ体を包み抜けていく風。
その中にまだ体に残るあの人の香水の匂いがまとわりついている感覚がした。
世界は綺麗なのにどうしてこんなに。

「ただ、会いたい。」

息が詰まるのではないかと錯覚するくらい強く、星が飛んだ。

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