雑踏の中の違和感

駅前なんかを歩いていると、すれ違う人の会話の一部分だけが耳に入って来る。

その一部分が何気ないものだったり、違和感のあるものだったり。

違和感のあるものだとその背景を考えて一人ニヤニヤしたりしてしちゃうんですよね。

『その出汁俺が取ったやつじゃないから!』

かなり昔に耳に入って来た会話の一部分です。どこで聞いたのかも覚えていないけど、違和感ありすぎて今でもその人の声もトーンも覚えてる。

出汁を取った取らないの話を私はしたことないんですよね。どんな流れでそうなったのか?気になって。

男性の声しか届いて無くて、相手が男性なのか女性なのか。相手が女性だったら一緒に住んでんのかなとか?

『第1回お家で利き出汁選手権~!!という事で、俺は昆布出汁取りま~す!
今回は最高級利尻昆布と顆粒出汁を用意させて頂きました!』

『はい!私の方は鰹出汁で勝負かけたいと思います!』

『さすがMiss追い鰹!!』

『ちょっと!!追い鰹のおい老いにしてない?』

『老い老いそんなわけ無いじゃろ!』

『絶対してるじゃん!語尾更けてるじゃん!老い老いもそうでしょ?』

みたいな感じの事が行われて、その時の話をしているのか?

まぁ現実的に考えると飲食店で働いてんだろうなぁ、って。

『今日のランチのだし巻き玉子、出汁弱かったんすよね!』

『俺が取った出汁じゃないから!』

『えっじゃあ誰すか?』

『五十嵐さんだよ!』

『五十嵐さんってあの出がらしさん?』

『そうだよ!出汁取り終わった鰹ぶし持ち帰る出がらしさん!あれじゃね?持ち帰る鰹ぶしに少しでも味のこしたかったんじゃね?』

五十嵐さんは、毎回出汁を取り終わった鰹ぶしを持ち帰る。それをみんながバカにして『出がらし』というあだ名をつけたのは僕がバイトに入る前からだった。

でも僕は五十嵐さんが持ち帰る理由を知っていた。

ある時、キッチンで使うエプロンを他の人の物と間違えて持ち帰ってしまった僕は、翌日でも良かったが早めに返したく、ラストオーダーが終わる頃の店に向かっていた。
安くもなく高くもない和食の割烹料理屋が僕のバイト先だ。

暖簾のしまわれた表口を通りすぎ勝手口に回る。ゴミだしをしている五十嵐さんに頭を下げて厨房に入りエプロンを間違えた事を謝り、洗濯した事も伝えて帰ろうとすると『腹は減ってるか?』と大将に聞かれた!

ありがたい。

残り物で作られた出汁茶漬けをみんなで頂いて、店を出る。出汁茶漬けで温まった体に秋の風が心地よかった。
すると僕より少し先に出た五十嵐さんの背中が見えた。右手には出がらし。
『家が同じ方面なんだな』と思っていると人気の無い公園に入って行った。

『何するんだろ?』

単純に帰り道をショートカットするだけかとも思いながら興味本意で後をつけて行く。その頃からなんでかバレないように距離を保つようになっていた。

人のプライベートを覗き見することを楽しんでいたんだと思う。

五十嵐さんはショートカットするわけでは無く公園の奥にある膝丈の柵を乗り越え、木の影に腰をおろし、あの出がらしを取り出した。

どこからか猫が集まって五十嵐さんを囲んでミャーミャー鳴いていた。

そっか。五十嵐さんは猫にあげるために出がらしを持ち帰ってたのか。

猫が好きな僕は勝手に五十嵐さんに親近感を抱き声をかけようと柵を乗り越え、木の影に周りこんだ。

五十嵐さん一人で鰹ぶし食べてた。クチャクチャ。猫にあげないで、一人で。
猫に見せびらかしながら出がらしの鰹ぶし食べてた。

目があっちゃった。

めちゃくちゃ怖かった。

みたいなね。
何がみたいな!なのかはわかりませんが何気なく飛び込んでくる会話から出来た短歌を載せておきます。

短歌です

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