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私の病気・躁うつについて

ふつうの人って死にたいとか思わないらしいですよ

前回投稿した複雑性PTSDについてのnoteからフォローしてくださった方、ありがとうございます。
今回はわたしが闘っているもう一つの病気について、私なりの言葉ではありますが細かくまとめてみました。

わたしは双極Ⅱ型障害(躁鬱)です。
春を終えて少しずつ病状が安定してきましたので、今日はわたしの病気について、感情と病状の整理の記録を書こうと思います。
今回、わたしが1年以上通院している病院の先生からいただいた言葉や、自分なりに病気と薬について調べた内容が主になります。
わたしは薬剤師でも医師でもない、自分の病気と薬への意欲がある高校3年生にすぎませんので、全ての情報が皆さんにとって正しいとは思わずに翠ちゃん(わたし)はそうだったんだね〜くらいの気持ちで見ていただけると幸いです。
病例や薬の効果には個人差があります。身近に躁鬱の方がいる方も、全ての方にわたしの病状、感情などが当てはまることではないということをご理解願います。
人それぞれの苦悩があるかと思いますので、このように記載させていただきました。

いつか治った時に、わたしってこんなこと考えてたんだ、こんな思いしてたんだ(笑)と、笑える日が来ると良いなって思っています

はじめに


双極Ⅱ型障害という精神疾患について、初めにお話しします。

⚠︎双極性障害(躁鬱)にはⅠ型とⅡ型があります。わたしはⅡ型と診断されています。
双極Ⅱ型障害は、I型と異なって躁の期間が短いことが特徴です。

双極性障害は気分が高まったり落ち込んだり、躁状態とうつ状態を繰り返す脳の病気です。激しい躁状態とうつ状態のある双極I型と、軽い躁的な状態(軽躁状態)とうつ状態のある双極Ⅱ型があります。

躁状態では、気分が高ぶって誰かれかまわず話しかけたり、まったく眠らずに動き回ったりと、活動的になります。
一方、いつもよりも妙に活動的で周りの人から「何だかあの人らしくない」「元気すぎる」と思われるような軽い状態は、軽躁状態と呼ばれます。

一方、うつ状態では、一日中ゆううつな気分で、眠れなくなったり、または逆に眠りすぎたりします。大好きだった趣味やテレビ番組にも関心がなくなったり、食欲が低下し、おっくうで身体を動かすことができないといった症状もみられます。

スマイルナビゲーターより一部抜粋

躁鬱とも言われるこの病気ですが、うつ病とは異なります。
うつ状態と躁状態の双極性が怖い病気です。


躁状態とうつ状態の感情と行動

【躁状態】
躁である自覚がある時もあれば、ない時もある。ある時はポジティブな感情でしにたくなるときも。自覚がない時は幸せだし、世界が輝いて見える。自分が最強に思える。
・考えがまとまらない
・むやみやたらに人に話しかけたり連絡を取ったりする
・行動に思考が追いつかない
・現実感がない
・ふわふわしたかんじ
・突拍子もないことを考えつく
・感謝が多くなる
・集中できない
・じっとしていられない
・後先考えない行動をとる

【鬱状態】
わたしは双極性障害のⅡ型で、比較的躁のスパンが短く、鬱は何ヶ月か続いたりします。
・無気力
・何もできない
・全て悪い方向へ考えてしまう
・自分に未来がないように思える
・過去の過ちをかき集めて自分を追い込む
・希死念慮
・生きていたくない
・何も手につかない考えられない
・死ぬ方法を探してしまう
・人と話していても笑顔になれない
・大好きなゲームができない
・全てに関心がなくなる

躁と鬱、どっちが辛い?

どちらが辛いですか?と聞かれたら(大前提どちらも辛いです)
わたしの場合は、躁から鬱に変わった時の「自分が最強」に思えた姿が躁だったんだと気づく時が1番辛いかなと答えます。
躁が好き!と公言しているYouTuberを見たことがあるのですが、(やめてくれ…)
私の場合躁を自覚した状態であってもコントロールできない感情の高ぶりが辛くて、それが希死念慮につながることもあります。
躁を無敵状態、マリオでいうスターのような状態をイメージする方もいるかもしれません。
自分が最強!と思っているだけなら良いですが、実際に突然大きな旅行の計画を立てたり、(思い当たる節がありすぎる)周りの人にあれこれ話しかけたり、自己開示をしすぎたり…大胆で後先を考えない行動をとる場合があります。
感情をコントロールできない辛さ、ですね。
また、周りの人から元気になったんだ!と誤解されてしまったり元の性格が元気な人だと、うつ状態と比較して尚、躁状態が普通と考えられてしまい病気の発見が遅れてしまう場合もあります。(わたしがそうでした)
当事者でないと理解し難いものでもあると思います。難しいです。


服薬している薬について


今、私は薬を服用しています。自分に合う薬に出会うまで一年ほどかかりました。
精神科でもらうお薬には、気分を高めるのではなく、例えると気分を低空飛行させるような薬を出されることが多くあるようです。私もはじめはこのような気分を落ち着かせたりする薬を多く処方されていました。(私には合いませんでした)

この薬を服用していた時は、思い出したくもないほど辛かったです。鬱のような重く苦しい感情は落ち着きます。ですが同時に楽しい、嬉しいといった感情、そして意欲も無くなってしまうため
なんで生きているのか、私は何をしているのかわからなくなってしまいました。

現在はというと、意欲を高めたり、主にうつ状態を治療する薬を飲んでいます。
(薬名の記載は避けます)

脳内の神経伝達物質であるセロトニンやドパミンなどの受容体に作用し、不安定な精神状態を安定させるとともに、やる気がしない、何も興味が持てないといったような状態を改善させるお薬です。

飲んでいる薬の説明

薬を飲んで尚、気分が低空飛行する状態が辛かったりする方は一度病院の先生に相談してみてもいいかもしれません。
飲んでいる薬による変化を自分自身と対話して気づくことが病状を良くするために少しでもなるのかなと、おもいます。(すぐ効く薬ではない場合が多いので、1日飲んで効かない!とやめてしまうのはやめましょう。ゆっくり、です)
薬を独断でやめたり、量を増やしたりするのではなく(死にますよ)病院を変えてみることも一つの良い案だと思います。
わたしも病院を変えてずっと良くなりました。


どれが本当のわたし?

前からわたしをフォローしてくださってる方は、わたしが少し前に1人で弾丸京都旅に行ったことを覚えてくださっているかもしれません、
突然行動を起こしてしまうのは躁状態の典型的な例です。
結論から言うと京都旅は躁による行動ではありません。わたしが行きたいから、行きました。躁じゃないと思えるのは、その時の感情が落ち着いていたからです。
このように、わたしは気分がいい行動力がある自分をもしかして躁状態なのかな?と疑ってしまう時があります。
わたしはもともと活動的な人間です。だからこそどんなに体調が良くてなんでもできそうだと思っていても、元の性格に戻った、治ったのか、体調が良いから気分がいいのか、わからなくなってしまい、良かったはずの体調が考えすぎでまた悪化したりします。
この点に関してはあまり考えすぎないことが大切かもしれません。
今幸せならそれでいっかー!なんて考え方ができたらいいな

さいごに

わたしはこの病気を診断されてから、長い間自分が病気であることがすごく恥ずかしかったし、薬を飲んだときも自分が変わってしまったようで、感情が操られるようですごく怖かったです。
いまなぜこうやって自分と向き合えているかというと、全て受け入れて生きていくしかないと思ったからです。

少し、悲しいというか、辛いというか
ここに書くかは迷ったけれど、わたしはいつか安楽死が日本で認められたら、全てのやりたいことリストを達成した後にその時の体調がどうであれ死ぬことを選ぶと思います。
躁鬱は脳の病気です。安定することはあっても、完治はないと言われています。
いま病状が安定していると書きましたが、それでも常に
「いつまた死にたくなるのか」
「いつまた躁で人に迷惑をかけてしまうのか」
予期不安が脳を支配していて、そしてこれは無くなることがないと思っています。
治らない病気と諦めているわけではありません。
「いつでも死ねる」
こう考えることによって今、わたしが生きれる希望になっているとも思うのです。
死にたければいつでも死ねる状況にいることによって、わたしは生きていると思います。ネガティヴな気持ちじゃないんです。説明し難くてすみません。この感情についてまた今度詳しく書いてみます。

わたしは生きる意味を常に考えてしまいます。わたしの病気だけでなく性格もあると思います。自分が何かを成し遂げることが生きる意味だと思ってしまっている、とも思います。それでも今は生きています。
いつか明日の体調を、生きる意味を、死ぬ理由を
考えることもなく、何も考えずにただ
「今日も楽しかった」「いい一日だった」
と思いながら眠りにつくことが、わたしの夢です。


長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
読んでくださった方には身近に躁鬱の方がいたり、闘ってる方だったり、病気について知りたいと思ってくださった方だったり。いろんな方がいるかと思います。
頑張りすぎずに、というのは難しいかもしれません。生きてるだけで偉い、と自分に思えない人もいるかと思います。
大丈夫、なんて無責任な言葉は言えないけれど
死にたいままで、生きてもいいと思うんです。
死にたいままで、わたしは今日も生きてみます。

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