漢花魁とゲイストリップ ―この現実を下支えするもの―


「――あの夜、良かったよね」

そう笑うダンサーからの言葉に、僕は何も知らぬ乙女のように黙って首を傾げる。

何も返せない僕を仕方ないなと微笑みながら、優しく抱きとめる彼の、その細い身体の存在感の確かさは、不確かな僕に輪郭を与えてくれるようだった。
純粋から程遠い自身の、普段はノリと適当で返せる僕が、彼らを前にしてこの様だった。

ここは阿佐ヶ谷ロフトで、演目内容はゲイストリップ。
メニューと一緒に頼む4枚チップ(一枚100円)を、踊った後に客席を練り歩く彼らの服に挟む仕様だ。
その中には、自身の唇にチップをくわえることで、相手の唇がキスするかのように近づいて、そのままチップだけを奪ってくれるという、嬉しい緊張と、寸止めのもどかしさを味わうこともできるイベントである(最初の言葉は、それを要求しといた癖に、照れて何も言えない僕に言ってくれた、彼なりの冗談である)


今回のダンサーはこの四人である(※これから先に書くことは、酒も入ってたので記憶が違ってたらごめん(2019/11/21の回)。それと一応先に断っておくが僕は女性が好きである。でもニューハーフと男の娘と魅力ある男子は別なんじゃないかなぁと思ってる節はあるので、経験はないが雰囲気で流されそうな気もする。実際今回そんな気分だったし)


朱雀さん…かわいい腹黒無邪気(腹黒とか書いたけどそれは雰囲気だけで、今回うっかり高いボジョレー入れた時にごめんねーとわりと気にしてくれる好き。上半身反らした時の細い身体のラインと太ももに入る線好き)
寧々さん…金髪のプロレスラー(学校の時の、盛り上がるわけではないが何だかんだでよく話す友達のような雰囲気。逞しく押し倒す所が好き)
カミュさん……イケメン耽美の強い系(それはそうと床へと足蹴りにされて組み伏せにされたい。ロングの黒いエナメルハイヒールがなハイヒールがな(語彙消失))
トリノさん……地下アイドル(妙な色気があるんだもん。ふざけてるうちに本気で押し倒すのも無理はないよ。「同人誌でよく見るやつだ!」)

始めは寧々さんとトリノさんの制服もの。
寧々さんがふざけて脱がせていくうちに、本気になってもっと脱がしたり、壁に身体を押し付けて股間辺りを何なりするやつ(「同人誌でよく見るやつだ!」)で、その後にひらひらする羽飾りを首にかけて踊った。
何の曲かは言えないが、とても曲に合っていて、あのアイドルもこれをしてたら僕も応援していたかもなぁと思わせるものだ(絶対にそんなことするわけないが)。

羽飾りをつけチップを求めて練り歩くトリノさんの笑みには、妙に誘う色気があって、それが身体の動作をより、なまめかす姿態になっているのが良かった(同人誌で言うと、エロシーンよりその表情を見た相手が恋とか欲望に堕ちるシーンの方がほにゃららしたくなる……という感じ。わかる人多いよね?

次は朱雀さんとカミュさんの白衣のナースと医者だった。

マスクをつけてて、事前に選んだ観客を病人と見立てて(まぁ間違ってはないが)治療するというものだ。

女性の患者は髪を撫でられて、いいなと客席がなるもので、
男の患者はいかにも指名された感じの人が、身体が思わず抵抗しつつも、顔を優しく抑えられ液体を長細いもので流し込まれるというもので、これもわりと良かった(※ただの玩具の注射器です

そして彼らは病院が終わると、後ろを向き、おもむろにマスクを外し、白衣を脱いだ。
すると出てくるのは、黒口紅とレザーをつけたゴシックなナースと医者だ。

音楽に怪しく照らされた二人の、官能的な踊り。

腰が揺れ、こちらの欲望の視線を楽しむように体を捩り、反る。
盛り上がり、観客が二人の身体に魅了されていく最中、彼らはワインをボトルごと飲む。
喉が鳴り、肌へと零れて、液体が引き締まったものの上を舐めるようにいく様は、僕らが望んでいた幻想的な血そのものだ。

そして、その回のチップタイムと休憩の後に、最後の全員の踊りが始まった。

音楽が始まると、後ろから花魁のように着物を着た彼らがやってくる。
舐めるような観客の視線を浴びながら、少しずつ客席を縫うようにして、舞台へとあがる。
何が始まるのかと思いながら、着物の艶やかさに強く目を奪われていると、その重くて厚い着物を自ら剥くようにして、その下の肉体が、背中が晒される。

音楽が変わる。

するといきなり目の前にいた相手同士で口づけをする。
まるで心を許す間もなく抱かれる、花魁のように。
しかし拒むのでなく、唇を貪る程に喜びの火は燃えて、或いは優しく、或いは足蹴りにして相手を押し倒す。
絢爛の着物は乱れ、晒す肌は増え、太ももは絡み、その上にあるものを擦りつけ、何度も深くへと打ち付けるように揺らした。
それは仮想の情事だが、味わう唇、奏でるように肌へと添わせた指、開いては逃がさぬように閉じる脚を見せられるこちらは、演者の普段の人生にかつてあった何かを、裏に透かせてしまっている。


一つの相手が終わり、また次の相手へと移ろう。


それも、相手を選べない花魁のようではあるが、それでもやはり既に欲望は燃えているのだ。
それは弱い立場の、金の為の仕方なしであった花魁を、自分の熱を叶える自由の身へと変える。
二つの交ぐわいは逞しく抱き上げられ、下から突き上げられ、或いは身から起こるものに耐えるだけとなり、或いは低い天井を引っ掻き、掌の跡をつける官能の一瞬を見せる。

音楽と共に塊は加速していき、一度に絡まる数をも増やし、絡まる肌の面積を増やす。それに比例するかのように欲望の熱は燃え、音楽の終わりへと、絶頂へと駆けていき、音の終わりと共に、官能後の余韻の表情が、淫らに客席へと向けられたのだ。

こうして、強かと力と耽美と色気は交じり、単一なら悲劇か喜劇になりうる花魁は、夜の花束へと変えられた。

それが、漢花魁だった。

僕はその踊りの拍手の最中に、観客がこのゲイストリップに求めているもの、そして大島薫が皆に「これを楽しみに生きてるんでしょ?」と語っていたことの意味がわかった気がした。

現実は、語るまでもなく辛く苦しいものだ。
しかし、それを忘れさせる娯楽の、その明るいものの多くが、閉じてて浅くて、見たものの方を、『世界にはこんなに優しくて無条件の愛がある。だがそれはお前には与えられない』と、虚しくさせてしまう。
また、それ程ではなくても、例えば応援してるアイドルが娯楽という周囲の金がなければ維持できないものである以上、彼らは僕らを愛しているわけではなく、金の為に笑顔を振りまいているすぎないんだと、グッズに囲まれた一人の部屋で虚しくなる日もあるだろう。

しかし彼らの、微笑み一つで千円の金を装いにし、口にくわえるチップを美しい余韻とともに奪っていく姿は、何を踊っても演じていても明るくて、人々の辛い現実の底支えをしているように思えた。
間男のような僕らが、儚い旅銭を彼らの下着に詰め、ストッキングに滑りこませ、縛るようにネックレスに挟みこむと、彼らは感謝と共に望んだ欲望の振る舞いと、一瞬の温もりで返してくれる。
それは尊くて、揺らがないようで、その姿に、肩からの紐に紙のチップを結んでいる姿に、まるで幸福を祈っておみくじを結ぶ神木のようだと思うのは、託すもののない現実では無理もないことなのだろう。

そしてショーを終えた僕は、阿佐ヶ谷ロフトを出て商店街を歩いた。

夜の商店街を見ずにそこをスクリーンのようにして、彼らの姿だけを映していようと思った。
そうだ。今すぐどこかで適当に飯を詰め込んで、蓋のようにして、今日のことがどこかに逃げないように閉じこめてしまおう。

そうすれば、帰りの電車は揺りかごのように満たされて、僕をまどろみの中に溶かしてくれるだろうから。
それが、タイマーが伝える、現実がやってくるまでの短い時間だとしても。


大島薫のゲイストリップで彼らは、12月も色々な姿で踊るらしいが、残念なことに自分の予定は合いそうになかった。
そしてこの集まりも来月で終わりになるらしいが、しかしそれは大島薫だけで、今度はこの4人が別にイベントを組んでくれるらしいから、その時にまた行こうと思う。


僕は夜空を見上げる。
そして、その告知の時に彼らが言った単語を思い浮かべる。

「そのイベントでは、チップを売り歩くバニーボーイとキャットボーイが給仕をやります」


バニーボーイとキャットボーイか……





響きがやらしいよなぁ!


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