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シンミさんとボソボソ会議 の記録の記憶 vol.1 はじめればはじまる

ここでは、名古屋でイベントスペースを運営するシンミさんが、コロナ禍に考えたことや、出会った人々から聞いた事柄を題材に、協議会スタッフの古橋とボソボソと語り合っている様子をご紹介しています。映像もございますが、あまりにボソボソとそして話があちこちに飛びますので、映像で雰囲気をご確認いただいたら、後は古橋が編集したテキストを読んでいただくとよりわかりやすいかと思います。

この企画は、協議会の拠点である港まちポットラックビルで開催中の展覧会「み(ん)なとまちをつくるアーカイブプロジェクト*vol.5 まちを残す|people talk about what they do」(6/27(土)-10/3(土))の中から生まれました。


シンミさんとボソボソ会議 の記録の記憶
vol.1 はじめればはじまる

プロローグ〜記録のまえの記憶〜

 アートや音楽のコーディネーターを務める新見永治さん(:以下、シンミさん)。シンミさんは、このコロナ禍に何やら面白いことを考えているみたい。そのことを知ったのは、本展覧会、「まちを残す|people talk about what they do」の準備中のことでした。その際に、「シンミさん、それ面白そうだから、何か企画をやれたらいいですね」とお伝えしていましたが、いつの間にやら日々は流れ…。
 そして、あっという間に一月ほどが流れた7月中頃、またシンミさんと再会しました。
「その後どうですか?あの面白そうな話続いているんですか?」
「いや、いろいろ忙しくなっちゃってて、あまり動けてないんだけど、でもボチボチ続けていて…。」
「でも、あっという間に一月くらい流れちゃいましたよね。」
「そうなんだよねー。どうしようか迷っているうちに…時間だけは流れちゃって。」
そんな会話をしている中で、“それならやってしまおうよ!” という気持ちがふと湧いて来た。
「シンミさん、やれたらではなくて、やってしまいましょうか⁈」
「…うん、そうだよね。何から始めていいかわからないけど、とにかくやってみるのはいいかもしれない。」
そんなやりとりをしているうちになんだか勝手に盛り上がってくるから不思議です。で、 “会って、話して、その記録を撮ってみる” ということだけを決めて、7月21日のカレンダーに予定だけを入れました。

 この文章は、「…その記録を撮ってみる」の「記録」を編集して書き起こしたものです。「何をどうはじめれば良いのか?」がわからないままに、ボソボソとしゃべりながら始めてしまったものをただ撮影しただけの動画は面白いんですが、やはり、記録としては、わかりづらさも(笑)。そこで、話した二人の意図するところを汲み取って、読みやすく編集してその時の「記憶」も織り込んでみました。
 それが一体何になるのか分からないのに始めてしまうこと。それは、無計画で無鉄砲な行為なのでしょうか?確かにそのような側面もあるのかもしれません。しかし、そこにまるで理由がないわけではないんです。
 確かにその理由はまだ言葉で上手く説明ができないかもしれませんが、言葉にはまだできない何かがそこにはあって、そんな予感があるのです。そんな予感を確かめてみるということが、今のご時世では、殊更大切なんじゃないか⁈そんなことを考えています。
 もちろん、理由はまだ上手く説明できないんですが。

小さなメディア配信放送局

 1年ほど前に大きな手術をしたシンミさんは、そのリハビリを兼ねて、さまざま場所に点在する友人たちを尋ねるプロジェクトを始めているという。シンミさんは、オルタナティブであまり名付け用のないような不思議なスペース「パルル」のオーナーであることも手伝ってか、音楽やアートなど、さまざまな表現を仕事としているお仲間が多い。それらの人たちをこの時期に訪ねると、自然と話題は「コロナ禍をどう過ごすか?」というものが中心になる。表現者たちが、何を思い、どんな取り組みをしているのか。それは、只今、ビルの3階で行われているアーカイブ展「ミナトノート」にも通じるもので、かなり興味深いことだと感じる。
 シンミさんとしても、彼・彼女らとのお話がやはり面白いと感じるようで、それを何かの形で発信し、残していけないかと考えているようです。

ーえーっと、まずはきっかけから。シンミさん、なぜお友達に会いに行き始めたんですか?

 「パルル」が、あまりライブがやれないような状況になっていて、もちろんコロナの影響です。でも何かをやらなくちゃと思って。それで、「パルル」って、やはり音楽をたくさんやって来た場所だから、音楽を使った何かをしたいと考えました。
 だから最初は、多くの人がやってるみたいな音楽配信をやればいいんだと思って。それで、既に配信をやってる人に相談したりして準備をしてました。

・・・ん?音楽の話が先なの?

 それで、それとは別に入院してたこともあったんで、いろんな人にしばらく会ってないから、会いに行くようになことも始めました。でも友人たちが喋り出すと、やはりコロナのことで仕事の状況がどうだとかという話になる。別にこっちが積極的にそれを聞こうとしなくてもです。
 入院中はテレビが友達で、日常的にテレビを見続けていて、退院してからもそんなに頻繁に人には会えなかったのでどうしてもそういう時間が長くなってました。
 なんかニュースも同じ事情を繰り返し行っていて、下手すると昨日もこれやってなかった?みたいな感じで、あまり面白くないなーと思っていました。
 僕が退院した3月の中頃は、まだコロナも騒がしくなかったんですが、免疫力も下がってるし、体力にも自信がなかった。コロナも流行っているし、あんまり出歩かないようにしていたんです。
 だけど、僕の体力が回復してきた頃には、今度は世の中があんまり出ないようにしましょうみたいな感じになってきて。結果的に外に出られない時期が結構長く続きましたね。

ー新見さんがビルに尋ねて来てくれたのが、この展覧会の準備をしていた6月の2週目くらいです。その際に、「先週あたりからボチボチ人に会い始めている」と教えてくれたので、おそらく6月に入ってから動き出した。つまり、4、5月は、ほぼ人に会わずに自宅だったんですね。

 その間もずっとテレビはコロナのことばっかり。あまり自分のためにはならないし、新しい知識が増えていくわけでもない。だんだんと「別にコロナのこと知らなくてもいいや」みたいな気になってきて…。
 一方、みんなと会って、いろんなことを聞くと、生(:ナマ)な話が聞けるしとても面白いなと思って。テレビとかニュースの「でかいメディア」って、みんな家でも見れる。
 それよりも、もうちょっとなんか近所の人が話してたこととか、僕が知ってる範囲で話した人の話とか。それを主に名古屋近辺の人たちに発信するのがなんか面白いって。東京中心のでかいメディアとは違う面白さがあるんじゃないかなと思って。
 …で、僕はこれは人に言うと大げさすぎてカッコ悪いから言わないんだけど、勝手に「小さなメディア」だって思って(笑)、メディア活動やろう!みたいなことを考えるようになりました。

・・・へー。小さなメディアだ⁈なんか面白そう!

 ちょっと話が戻るんだけど、「パルル」でライブできない時にネット配信でライブやらなきゃと思ってた話。周りを見渡すと、ほとんどがこれまで一般的にやられてるライブとかを無観客にして、さもライブしているかのようにして配信する形式。でもそれは今までのライブの延長で、人がいないわけだから、当然ショボくなる。それはちょっと面白くないですよね。
 だけど、小さなメディア配信放送局の中にライブを位置付ければ、「なんか楽しいかなー」って。それと同時に、単に音楽ライブを無観客で見せるんじゃないやり方のアイデアも頭に浮かんだし、いろんな人を訪ね歩いてお話をしていくのも配信したい。というのを、小さなメディアをやっていくことを当面の「パルル」の軸にして行こうかなって思っています。

ー興味で聞いちゃうんですけども無観客じゃないライブってどんなのが浮かんだんですか?

 ちょっとまだどれも実現してないんだけど 一つは音楽が発表できてない人が多いだろうという想像がつくんで、そのために何かできないかと考えていて。だけど、単に演奏しているところを映すんじゃなくて、なんかもうちょっとそれこそ「鼻歌」みたいなのが良くて、「誰か人と喋っている」のとかでもいいし、「街で見つけた音」みたいなのでもいいけど…。

・・・え⁈鼻歌???めちゃいい(笑)

 全然短くて1つ5分もない短いものでもいいと思うんだけど、映像に興味がある人がいれば自分で後ろにアニメーションを動かしたりとか…日記みたいなものを気軽にって感じで。
 どれぐらいの人に協力してもらえるかわかんないけど、例えば10人とか。それぐらいの人が協力してくれるんだったら月に1回とか2ヶ月に1回とかずっと送ってもらえたらいいかなと思ってて。
 で、それは逆にライブとかの活動がもうちょっと活発にできるようになった後でもそういうことをずっと続けていけたらと思って。そういう小さなものを継続して行けたら…。

ーおー!それなら、いわゆるライブが復活した後でも充分楽しめそうですね。

 ライブハウスでライブをやってた人と話してて、ネットでなんかやるんだとしたら、やっぱり無観客ライブするのは面白くないっていうのは同じ意見なんです。
 その人はギターなんかの歌手なんだけど日常の中で歌っているところを撮影すると面白いかもと言ってて。なんか僕もよく分からないんだけ、どこかのお店の一角でその人が歌っていて。別に聞かせるために歌っていないからお客さんが来たら何か歌ってる人がいて驚いちゃうとか(笑)。あと公園とかでも全然いいと思うんだけど、なんだこれ、みたいな感じで演奏してるとか(笑)。
 これまでのライブハウスの中にある予定調和、お客さんとの関係とか、ライブハウスならではの演奏の仕方とか、間合いだったり、 MC だったりとかがやっぱりちょっと飽きてるとか嘘くさいというようなところがあったみたい。「そこを変えていきたい!」って言われたんで、「あー、それ面白いってな」って思っちゃって。

・・・いい!僕もそう思う!
 (ライブが復活した時にいらなくなるような映像はフェイクだけど、ライブが復活しても末長く見続けられるような息の長いものをつくるのは、面白いと思う)

 今、とあるお店に、「そういうことをやりたいんだけど…」って、メールで連絡したら「是非やりましょう!」ってすぐに返信が来ました。そういうお店をやってる人もなんかも、そういうちょっと変な違和感のある場づくりって言うか、そういうのやりたいって言ってくれました。

ーライブがライブでなかったってことに気が付いちゃったんですね。ライブって生なのに予定調和だし。それって既に生じゃない!それじゃあ、本来の生は楽しめないことになっていたことに気がつかされたというか。
 で、新しいことをしようとすると小さく始めるしかない。
 僕らがこういう展示をやっているのも「コミュニティアーカイブ」って本、3.11の東日本大震災をきっかけに始まった「3がつ11にちを忘れないためにセンター」の記録本なんですけど、その活動を参考にしています。
 当時、大手メディアでは、津波の映像が流れ続けていて、でも、それではない個人的な写真や映像を撮っていた人たちが市井の中にたくさんいて。その人たちも、それを一体何の為に取り続けているのかが分からないまま、でもなんかよくわかんないけど撮っておかなくちゃいけないって。
 きっと、その時はその人達にとってはよく意味がわからないけど、何かに駆られるようにして残しておいたものが無数にあったと思うんです。それを記録する行為自体が、癒しのプロセスだったり…。(後からわかってくる、しかし大切な意味を宿した記録というか)
 で、その「3がつ11にちを忘れないためにセンター」は、それらの記録を残していくこと、伝えていくことが、大きなメディアではなくて小さなメディアの役割であるというような考え方(≒コミュニティアーカイブ)で、参加者の人々が撮った映像の鑑賞会なんかを繰り返しているみたいなんです。
 僕らの今回の取り組みも、まちを残す(展覧会のタイトル)ためにpepole talk about what they do(展覧会の副題)として、ひたすら人々がこのコロナ禍でしてきたことを語ってもらって集めるということをやっています。
 この時期に何が起こったのかということを、誰かがまとめて集約するんではなく、この時期に誰それがこう思った、こう考えたというのを(個人のメモワール(/記憶))をいっぱい集めて見せて行く。
 どっかの誰かの一人の人が決めるんじゃなくて、見た人がそこを見て考えていけばいいし民主主義はそうであればいいと思うんですけど…。(個人のメモワールの総体みたいなものを実際の社会の写鏡として提示し、それを見た人々が、自分たちの社会をどうしていけばいいのかを自分たちで考えるきっかけを作りたい)
 だから、あまり一つの方向に編集しすぎないで、一つ一つを丁寧に積み重ねていってそこに立ち上がるものを 皆さんに見ていただくのが大事だなと思っています。
 この展覧会の作り方の苦しいとこは、はじめてみないとわからないというところ。でも例えば、今日シンミさんの話を聞いて、僕はなぜシンミさんの話をずっと聞きたいと思っていたのかがよくわかりました。
 小さなメディアっていうのが共通しているんですよね。だからシンミさんがやろうとしてること、感じていることを聞きたいし、それを言語化したいんだなーって。(今、書いているこの文章がまさに。)

ーえっと、それではこれからどうするか?っていう話なんですけど、僕はこの展示が始まる前にシンミさんに何かやりませんか?おそらく1ヶ月ぐらい前だと思うんですけど、その間にもいろいろあって、やろうと思っているだけじゃやれないんですよね。
 でも、はじめてしまえばできちゃうところもあるというか。今日やってみて、なんかこんなような形(シンミさんとボソボソ会議)を続けていけるといいなと思っていて、どんな感じで続けていくと面白そうですか?
 僕は音楽のことは全然頭になかったんで、でも街の日常風景の中でのライブ配信とかもすごく興味あります。

 ここで配信することと「パルル」でやろうとしてることはすごくよく似てるので、その内容を共有することができるのであれば、僕も何か面白いなぁという気がします。僕も楽チンですし。 この間、ネット配信的なことを自分でもやりたいなぁとずっと思い続けていたんだけども、なかなかわからないところも多くて人に聞いたりしてて…。
 当たり前なんだけど誰かに頼むと時間がかかってしまって、特に訪ね歩いた人の紹介をする時になんかはイベントのお知らせみたいなこともある。お店なんかもそうですけどこんなこんなことやりますというのを教えてくれたのに編集に時間かけてしまうのは駄目だなあと。
 もしかしたら、これはうまくできなくても自分なりにやってアップするっていうする事が必要なのかなぁって。音楽はもう少しちゃんと撮影して、間を置いてもいいかなと思っているんですけど、しゃべる方は週に1回ぐらいアップしたいなと思っていて、その中で例えば月に1回くらいはここで撮ったものをアップするでもいいかもしれません。
 
ーなるほど。楽しみです。今日はとりあえず、こんなところにしておきましょうか。ありがとうございました。

ありがとうございました。これ、途中で思ったんだけど、ちゃんと撮れてるかなぁ(笑)。

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プロフィール(シンミさんと古橋)

新見永治
Eiji Shimmi
パルル運営メンバー[Co-director of Parlwr]
1957年京都府生まれ、愛知県在住。1982年より名古屋市のスペース「パルル」でリーダーを置かずに集団で運営しながらコミュニティ作りの実験を続けている。音楽ライブイベントを多く開催する他、「あいちトリエンナーレ2013」では「プロジェクトFUKUSHIMA!」の一員として参加。マレーシアのアートプロジェクト「Gerakan Seni 2015」にて「搬入プロジェクト」を実施するなど、ジャンルレスな企画を実践し続けている。
http://www.parlwr.net

古橋敬一
Keiichi  Furuhashi
港まちづくり協議会事務局次長。学部時代にアラスカへ留学。アラスカ原住民族の文化再生運動に触れ大きな影響を受ける。帰国後、大学院へ進学すると共に、商店街の活性化まちづくり、愛知万博におけるNGO/NPO出展プロジェクト、国内および東南アジアをフィールドにするワークキャンプのコーディネーター等の多岐にわたる活動に従事。多忙かつ充実した青春時代を過ごす。人と社会とその関係に関心がある。2008年より港まちづくり協議会事務局次長として、名古屋市港区西築地エリアのまちづくり活動を推進している。 http://www.minnatomachi.jp/


*み(ん)なとまちをつくるアーカイブプロジェクトとは
港まちに暮らす人々の個人的なエピソードを集積し、まちの新たな輪郭を記録するプロジェクトです。さらに、その記録を成長させていくことで、現代の都市が「まちづくり」に向かうことの意味を問い直し、このまちの未来の姿を思い描くことを目的としてい ます。
2016年の「まちと話す│talk with you」、2017年の「まちを解く│find your origin」、2018年の「まちを綴る│taste our tracks 」、2019年の「まちが語る│telling our story 」に続き、5年目となる2020年の今回は「まちを残す|people talk about what they do」を展覧会のタイトルとしました。



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