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世界を救ってきた言葉と音 #1 Fishmans「IN THE FLIGHT」

Fishmansの7枚目にして、最後のオリジナルアルバム「宇宙 日本 世田谷」(1997)に収録。作品全体で見れば、シングル「MAGIC LOVE」やライブ定番曲「WEATHER REPORT」などと比較すると、やや地味な曲ではある。しかし、弱々しく着地点を見つけられないままの佐藤伸治の歌声が、奇跡的なフレーズを奏でる瞬間の「静かな高揚感」といったら…!

ドアの外で思ったんだ 
あと10年たったら
なんでもできそうな気がするって
でもやっぱりそんなのウソさ
やっぱり何も出来ないよ
僕はいつまでも何も出来ないだろう

「なんでもできそう」という根拠のない希望を抱いた次の瞬間、「やっぱり何もできないよ」と諦念を歌う。しかし、ここには絶望や悲壮感はない。むしろ清々しさすら感じるのはなぜだろうか。歌詞はこんな言葉に続く。

空に寄りかかって 2人の全てを頼って
どこまでも飛んで行く
いつでも僕らをヨロシク頼むよ

自信や確信は何もない。何もできないことも知っている。でも、空を、2人(メンバーのことか。つまり身近な他者か)を頼りつつ、どこまでも飛んで行くという微かな決意。むしろ、それだけでどこまでも飛んで行けるという思い。

もし、君が日常に疲れて、何もかもに確信が持てず、自暴自棄になっているとしたら。それでいいじゃないか、と僕は思う。頼れる人がいなくても、空はまだあるでしょう? 空気はまだあるでしょう? そうしたら音楽は響き渡る。この曲が聞こえてくる。

「IN THE FLIGHT」が発表された1年半後、佐藤伸治はこの世を去る。つまり、彼には10年後は訪れなかったともいえる。もちろん、僕にも君にも世界にも、10年後が訪れる保証はない。それでも……と僕は思う。ふと10年後に思いを馳せる瞬間を大切に。何もできないままだろうし、相変わらず世界は荒んでいるかもしれないが、そんなことはいい。佐藤伸治が死んで22年経った今もその歌声は響いてくる。それでいいじゃないか。



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