世界を救ってきた言葉と音 #4 スピッツ「波のり」
長いキャリアを持つ「スピッツのベストアルバムは?」という問いほど難しいものはない。グランジ・オルタナ感が強い初期のヒリヒリした作品群が好きな人もいれば、「ロビンソン」以降のヒット曲連発時代こそ至宝という意見もあるだろうし、なんなら今のスピッツが…というファンもいるだろう。まぁ、どの時代も最高なのがスピッツなんですけども。
そんな中、アルバム「惑星のかけら」(1992)に収録された「波のり」は、そこまで人気のある曲とはいえず、wikipediaにはこのような記述がある。
メンバーはこの曲のかわりに「惑星のかけら」のカップリング、「マーメイド」を入れようか思案した
しかし、僕はこの曲の冒頭フレーズが大好きだ。思春期特有の、世界や社会との隔絶感や劣等感、情けなく繰り返される日々のリビドーを、こんなにも鮮やかに切り取った言葉はない。
僕のペニスケースは人のとはちょっと違うけど
そんなことはもう いいのさ
巨大すぎてピッタリ合うケースが少ないのか、それが必要がないほど小さいのか、もしくは形が歪すぎるのか。ともかく、自分は異物だという強い感覚。
つーか、なんでサッカー部のアイツみたいにうまく恋人を作れないんだよ! 親は勉強しろとうるさいし、ゲームばかりうまくなっていく自分にも腹が立つ。頑張ってバイトを始めてみたけど続かないし、そうこうしているうちにもう「少年少女」ではなくなっていく。でも、そんなことはもう いいのさ。
それよりも。
枯れ果てたはずの涙も タンクに溢れてるのさ
このままで君はいいのかい?
いいわけない! と格闘していた自分の思春期を思い出しつつ、すっかり大人になった自分の心を今も刺激し続ける言葉。世界や社会との隔絶感や劣等感、情けなく繰り返される日々のリビドーは、舞台を学校から職場や家庭に移しても継続したままだ。むしろ強まっている趣さえある。大人って大変だよ、な。
もし君が、世界との違和を感じ、劣等感に苛まれているとしたら。それは、君だけじゃない。世界のどこかには君と同じように感じている仲間がいる。すました顔した大人も君とたいして変わらないことが多い。だから。そういう時は「そんなことはもう いいのさ」と口ずさみながら、気軽に仲間を探してみたらどうだろうか。ひょっとしたら高名な映画監督が仲間の場合もあるし、SNSで見つけた地球の裏側に住む少女のつぶやきだったり、古典と呼ばれる作品の主人公がそうかもしれない。そうこうしているうちに、君は見つけるはずだ。50を過ぎてもなお、君と同じようにもがいている人を。草野マサムネという甲高い声を持つ痩せた男を。
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