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2020年は笑顔で「よくなかった」と答えたい

2020年も終わる。

今年は笑顔で「よくなかったな」って思う年だった。

ここ数年は毎年毎年「いいことも悪いこともあったけど、まあ総じていい年だったなあ〜」って思えてたけど、なんだか今年は違った。

そりゃ1年は365日24時間あるわけだから全てが悪いものではなかったし、いいこともたくさんあった。楽しいこともたくさんあった。

でも「1年」っていう単位で見たときには、よかったね。なんて言える年ではなかった。

自分の責任や気持ちや、未熟さもきっとある。でもきっとこの年を何回繰り返してもそれをよくすることはできなかったんじゃないかと思ってしまう。

でも、よくよく考えたら、これからもこの人生というものは続くわけで、そんな毎年毎年「よかったね」で終わらなくてもいい。そんなね、経済成長みたいな右肩上がりの毎年を過ごさなくていい。


ネガティブなことを書いてしまったけど、一方で違う見方もできるんじゃないかなって思っている。

いままでは、毎年よかったなって思っていたけど、それは実はテストの模範解答だったのかもしれない。テストの模範解答のような、とりとめのないアンケートのような「よかった」だったのかもしれない、ってこと。今年ほどちゃんと考えずに、その答えを出していて、今年がいままで以上にそれを吟味した答えなのかもしれない。

それに、今年よかったね。って思うのはその年のその時の自分の絶対的評価であって、相対的に考えたら違って見えるかもしれないし。

つまり、実は今年もそれなりによかったけど、それまでとは違うステージに上がってしまったから、よかったとは思えなかっただけかもしれない。重い抜け殻を抜け出す年だったのかもしれない。

なんだか、そう考えたら、そういう年も必要だし、まあしゃあないって思える。


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最近考えるのは年々、年輪な感覚になっていくんだな。ということ。

昔のことを思えば思うほど、「ああ、あの時は大変だったね、よしよし」みたいになってくる。

「ああ、あの時はあんなに苦しかったね、よくがんばったね、よしよし」みたいな。そのときにはただの「苦しい」しか思えなかった感情も、「時間」がたつと、過去のことも抱きしめてあげられるようになってくる。というか、なってきた。

だから「いま」は2020年はよくなかったな。と思ってるし、それをいいものとして思えないけど、もう少し「時間」がたつか、この人生を終える時には、きっとこの一年も抱きしめて、「がんばったね、よしよし」と思えるようになるはず。いまはわからないけど、そんなふうになりそうな気がしてるのできっとなるんだと思う。(けっこう自分の感覚は合ってるので、そこは自分を信じる)

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といっても、よかったことも、がんばったこともたくさんあったし、そんな中でも毎日生きてこれたのは、周りの人や環境のおかげだということは毎年変わらない。本当にみなさんありがとうございます。

新しいことに挑戦してみたり(お菓子作ったり、山登ったり)去年よりも飲みにいける友達?(知り合い)もできたし、仕事もやりきったなって思ってる!

それに、こうして「よくなかった」って言えてしまう自分の素直さも実はすきで、「がんばったねー」わしゃわしゃって自分が愛猫にするように自分にもしてあげたい。


2020年もありがとうございました!

2021年もよろしくお願いします!


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