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映画「メッセージ」、達観のワイドレンズ

多少ネタバレあり

 2016年公開の「メッセージ」という映画がある。アカデミー賞にも8部門でノミネートされた話題作だ。
 宇宙人が地球に飛来して起こるドラマを描いたSF映画で、人の記憶についてユニークなテーマを扱った私小説的SFの傑作だ。
 「人類全体に危機的状況が訪れた時、世界がどのように連帯するか」もテーマの一つになっている映画であり、コロナ感染に世界が混乱する今、改めて鑑賞した。

 「メッセージ」の映像表現はとても印象深く記憶されていて、近年では一番好きな作品だ。4年も前の映画であるし多少のネタバレをさせながら書き進めるが、ご安心を。優れた映画というものはあらすじが分かっていても、十分に感動するもの。子供が好きな絵本を何度読んでも飽きないように。

ワイドレンズ

 「メッセージ」の画面は、広い。よく見る映画よりワイドなレンズで撮っていると書けば、イメージしやすいだろうか。
 映像業界には、「標準レンズ」という言葉がある。人の見た目に近い画が撮れるレンズの事だが、映画業界では100年前から50ミリと言うサイズが標準レンズだ。最近はワイドが流行っているのでより広く見える35ミリくらいが標準とする人もいる。何れにしても、これより数値が大きいと望遠で、小さいとワイドになる。
 「メッセージ」では、24ミリとか28ミリレンズで撮ったカットがずっと続く。通常だと、広大な景色を撮ったりするレンズサイズだ。大自然の中で人物が伸びをして「でっかいどう、北海道!」なんて事をする時のカットで使う、ワイドなレンズを映画の標準レンズとして使っている。
 
 このレンズ効果による画面の広い・狭いは、シーンの感情の振幅、つまりドキドキ度に比例する。
 カップルが初めてのキスをするかしないか! なんていうシーンでは、ドキドキ度が高いので画面は顔のアップとか、もっとすると唇だけなどというサイズになる。画面が狭いと観ている観客の緊張感が高まる。恐怖映画などで化け物に襲われる前はだんだんと画面が狭くなる。緊張感を高める演出だ。
 逆に、画面が広いということは、心拍数の低い、ある意味クールなシーンになるということだ。
 つまり、「メッセージ」という映画は、画づくりのベースが非常に冷静でクールな構造になっているということになるのだ。

 「メッセージ」では、言語学者である主人公のルイーズに記憶の拡張が起きる。彼女が未来の記憶も持つようになるのだ。彼女は未来において、まだ若い娘を亡くす。今から出会う男性との間に生まれる子供だ。でも彼女はその未来を変えようとはせず、未来に悲しい娘の死があると知りながらその男性と結ばれていく。
 宇宙人来訪で「人類」に起きる大きな変化と同時に、未来の記憶を得てゆくルイーズという個人の精神の変化も描かれる。ルーズは、どんな未来も否定しない、それを自分の人生として味わいつくすという、悟りのような精神性に向かう。達観。禅の教えのような映画なのだ。
 そうかだから、この映画は基礎温度を下げるために、極めてワイドなレンズで終始撮影したのだな、と分かる。

 蛇足になるが、先日アカデミー賞作品賞を受賞した映画「パラサイト」では、「メッセージ」とは逆に狭い画の不思議な使い方が印象に残っている。そんなに感情の高ぶりがないはずのシーンなのに、カメラが人物にすごく寄るのだ。何かが起こるのだろうか・・・と、緊張を高めるが、その場面では特に何も起こらない。不思議な演出だ。

浅い被写界深度と左右対称性の高い画

 この映画には、他にも映像表現的な特徴がある。
 被写界深度が全編を通して浅い。つまり、バックぼけぼけ度が高い映画なのだ。このボケにより曖昧さが高くなる画は、現在と未来の記憶が行き来する幻想感、として宇宙人と遭遇してゆくという物語の幻想感。さらには、娘との別離を受け入れてゆく無常観を効果的に演出している。

 そして、左右対称性が高い画面が随所に使われて緊張感を高める演出。
 絵であれ、写真であれ、安定感のある構図というものは、左右どちらかに重心を寄せている。「赤富士」などの北斎の絵はよい例だ。山、波頭、船、建物、北斎はちょっとセンターをずらしてオブジェを配置している。

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 左右対称の絵というのは人の心理を不安定にさせる効果がある。自分の内部に起こる変化に対するルイーズの動揺が表現されるとともに、観客もルイーズと一緒にその不安定さを経験する。
 
 米国の田舎の自然の美しい描写、宇宙からの未知の飛来物、外光だけを照明とする薄暗い部屋ですやすやと眠る赤ん坊の横顔。大胆な設定と繊細で不安定な映像美で進行する「メッセージ」は、何度観ても感慨深い。


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